術者と協力者2
魔法師団長ゼーレは、夜通し皇子のために結界と治療魔法を施し続け、疲労の色濃い体に鞭打って、騎士団の職務室へと足を運んだ。
扉を開けると、中には見慣れた顔がふたつ。茶色の長髪に柔和な笑みを浮かべたルーカス団長と、黒髪の仏頂面をした副団長レオニダス。肝心の人物の姿は見当たらない。
「…あの礼儀知らずの小娘が来ていると聞いたのじゃが、気のせいだったかのう?」
ゼーレのつぶやきに、ルーカスとレオニダスはちらりと視線を交わし、少しだけ頬を緩めた。
「先ほど帰りましたよ。王宮にはもううんざりだそうです」
「一日でうんざりってさ、俺なんてどうなるんだ? 毎日、筋肉、筋肉、仏頂面、筋肉だよ? せっかくオルガちゃんに癒してもらおうと思ってたのになあ」
軽口を叩くルーカスを無視して、ゼーレは目線を逸らした。残念がっていると思われるのが癪だった。
「…まあよい。オルガの話はあとじゃ。魔法師の不審死について報告があったと聞いたが、詳しく教えてもらえるかの」
応じたのはレオニダスだった。手元の報告書を一枚差し出しながら、淡々と説明を始める。
「亡くなったのはロラン・ガット、五十一歳。優秀な魔法師でしたが、どの組織にも属さず、個人で依頼を受けていたようです。ゼーレ殿、ご存じですか?」
ゼーレの表情がわずかに揺れた。記憶の底から、若き日の情景が浮かび上がる。
「ああ…知っておる。学園の後輩じゃ。数年に一度の逸材と呼ばれとった。…真っ直ぐすぎるところがあったが、腕は確かじゃった」
ゼーレの沈黙を気にも留めず、レオニダスは言葉を継いだ。
「数年前から呪いに関心を持つようになり、その方面の依頼を専門に請け負っていたようです。そして二年前あたりから、ドレイヴァン侯爵家への出入りが確認されています」
その名を聞いた瞬間、ゼーレの目が鋭く光った。
「…ドレイヴァン侯爵家。エメリナ側妃殿のご実家じゃな。あの一族から情報が漏れるとは珍しい…」
「アルデバラン殿下も本気ってことです。殿下の密偵が何人も動いてますよ、寝る間も惜しんで」
ルーカスが軽く肩をすくめた。
レオニダスがもう一枚の書類を取り出し、ゼーレの前に差し出した。
「こちらが、今朝オルガ嬢に協力してもらって作ったリストです。呪いの痕跡、彼女の言う“臭い”を感じた人物をまとめたものです」
その紙を見た瞬間、ゼーレは目を見開いた。手が止まり、呼吸が一瞬だけ止まった。
「これは……ほとんどがドレイヴァン侯爵家と繋がりのある者たちではないか」
「だろ? 術中百そうってやつさ。エリオット殿下が命を落とせば、次はアルデバラン殿下。で、その二人が消えたら…皇帝の座はエメリナ妃の息子、イオナス殿下だ。今、彼には公爵位を授ける話も出てる。つまり、王族を抜けるその前に決着をつけたいってわけだ」
ルーカスが肩肘をつきながら呟く。言葉とは裏腹に、その瞳は鋭かった。
レオニダスは深く息を吐きながら、ぽつりとこぼした。
「……オルガ嬢がいなければ、ここまで辿り着くことはできなかった。エリオット殿下も、最悪の場合は命を落としていたかもしれません。そして、次はアルデバラン殿下だった」
「だが」――とルーカスが続ける。
「“臭い”のする連中がドレイヴァン侯爵家に関わりがあるってだけじゃ、決め手にはならない。そんな理屈で捕まえようものなら、こっちが不敬罪で処罰される」
冗談めかしてそう言いながら、ルーカスは目線を外した。空気が、重く沈む。
ゼーレはしばらく無言のまま、頭を抱えた。
「……どうしたものかのう。本当に、厄介な相手じゃ…」
その独り言は、誰にも届かないほどに小さく、疲弊していた。
そんな様子のゼーレを見たレオニダスは急に何かを思い出したように青い葉っぱを取り出した。
「オルガ殿から、魔法師団長へとのことです。」
と、見覚えのある青い草を手渡した。
ゼーレがその葉っぱを受け取ると、ルーカスが軽口を叩いた。
「オルガ嬢がさ、『魔法のじじい、後数日で魔力枯渇してぽっくり行きそうだから、食い止めなきゃ』って真剣な顔して言ってたよ。」
ゼーレはルーカスにジト目を送りながら、その葉っぱをじっくりと観察した。それは青色の魔力草で、魔力回復の効果がある。
「まさか、オルガ嬢がそんなことまで気にしていたとは…」
ゼーレは息を吐き、葉っぱを口に含んだ。すると、急に疲れが軽くなり、少しだけだが力が戻ったように感じた。
「ありがたい……まだ、やすやすとぽっくりはいけんからな」
そしてルーカスがニヤニヤしながら言った。
「俺たちにもたんまり例の実をもらったから、まずはアルデバラン殿下にお裾分けだな。その後は、騎士団を徹底的にしごいて、どこまで回復できるか実験するのが楽しみだわ。」
騎士団員たちがそのセリフを聞いたら青ざめるだろうが、ゼーレはそれを苦笑いで受け流しながら、口の中の魔力草がゆっくりと効果を発揮していくのを感じていた。