術者と協力者
誰もが憧れるような、煌びやかなラウエル帝国の王宮の一角。
オルガはひとり、この世の終わりのような顔をしていた。
「鼻がひん曲がる……。みんな香水つけすぎ、騎士の人は汗くさい……私もう無理。あとは魔法のじじいに任せてよいかな?」
エリオット皇子の呪いを解いた翌朝、オルガは王宮からの使い——副団長レオニダスに“拉致”され、王宮勤めの者すべての匂いを嗅がされていた。
「ゼーレ殿は、ここ数日の騒動で体調がすぐれない。もっと老人をいたわってやれ。それに……貴様ほど嗅ぎ分けはできないとおっしゃっていた」
“魔法のじじい”呼びも、レオニダスにかかれば綺麗にスルーされる。
「副団長、残念なお知らせなんだけど。……たぶんお花が枯れて、呪い返ししてると思うよ? もうそろそろ匂い、感じられなくなるから。呪いがすべて術者のところにいっちゃうの」
眉間に皺を寄せ、レオニダスはわざとらしく深くため息を吐いた。
「マッシモ殿の忠告を無視して、昨日のうちに貴様を監禁しておくべきだった……。だが、まあよい。数人でも分かれば、何か掴めるかもしれん」
「監禁…」
オルガが慄いているところに、呑気な足取りで騎士団長ルーカスが部屋に現れた。
「いいねぇ、女の子がいるって。いつもむさ苦しい筋肉と微動だにしない堅物の顔ばっか見てたから、癒されるわ〜」
「……。」
レオニダスはルーカスを一瞥しただけで何も言わず、淡々とまとめた書類を手渡す。
「ここに記載されている者たちが、オルガ嬢が“呪いの匂い”を感知した者です。皇子が呪われた際、術者に協力していた可能性があります」
ルーカスはオルガにちらりと目をやり、苦笑まじりに眉を下げてから書類を受け取った。
「それと騎士団長。先ほどの発言は部下への中傷と受け取れます。帝法第124条“職場内における上司のあり方”に違反しています」
「オルガちゃん、この部下怖い。助けて〜」
茶番を繰り広げる二人の騎士を前に、オルガは「何この茶番……もう帰っていいかな」と心の中でぼやいた。
そこに、控えめなノックと共に、入室の許可を求める声が聞こえる。
「どうぞ〜」
ルーカスのゆるい返事に応えて、若い騎士がひとり入ってきた。
「報告いたします。今朝、魔法師の不審な遺体が発見されました。こちら、報告書です」
「お、ありがとう。魔法師団長を呼んできてくれる? 体調がよさそうならでいいけど」
騎士が部屋を出ると、ルーカスとレオニダスは書類を読み始め——次の瞬間、二人して顔を引きつらせた。
「ねぇオルガちゃん。術者に呪いがそのまま返るって言ってたよね?」
「うん、言ったねぇ」
興味なさそうに返事をするオルガ。すでに頭の中では「いつ森に帰ろうか」しか考えていない。
そんな彼女の様子には構わず、レオニダスが続ける。
「エリオット殿下にかけられていた呪いは、“深い眠りから覚めず、徐々に肉体が衰えていく”というものだった。しかし……術者はそれ以上の苦しみを味わったようだ。呪いを返されたその日のうちに死亡している」
「えー? そうなの? 実践は初めてだったから、勉強になるねぇ」
ルーカスとレオニダスは、まるで未知の生き物でも見るかのようにオルガを見つめた。