閑話-呪いの代償-
夜の帳が降りた静かな屋敷の奥。
魔法師ロラン・ガットは、今朝成し遂げた“大仕事”と、自らの輝かしい将来を祝い、一人で祝杯を上げていた。
「魔法師団長の結界など、大したことはなかったな。わしにかかれば、あいつらがまとめてかかってこようと、へでもないわ」
忌まわしき呪いの術。
禁呪に手を染めるロランは、魔法師としての実力こそ優れていたが、常に周囲からは敬遠されてきた存在だった。
「――だが、この先は違う。あの女の息子が皇帝になった暁には、魔法師団長の座はわしのものだ。これで、あいつらを見返してやれる……ふは、ははははっ!」
高笑いが静けさに響き渡る。
手にした杯をあおりながら、ロランは野心の未来を思い描いた。
ふとグラスを持つ手に目をやると、さっきまで白かった指先が、じわじわと黒ずんできているように見えた。
「大仕事で疲れているのかもしれんな……少し飲みすぎたか」
立ち上がり、寝台に向かおうとしたその瞬間、体を鋭い異変が襲った。
呼吸は浅く、額には脂汗。
両手は震え、爪先まで痺れている。
「……ばかな。失敗など……ありえん……やり遂げたはずだ……」
黒紫の痕が、手から肩へ、そして首筋へと広がっていく。
まるで茎を伸ばす蔦のように。皮膚の下で何かが這っているようだった。
「まさか……そんな……」
呟く声はかすれ、しだいに言葉にならなくなる。
男の手の甲には、黒紫の痕が焼き印のように浮かび上がっていた。
それは、自らが放った“呪い”が、術者である彼自身に返ってきた証。
ロランはその後、ひとことも声を発することなく、痙攣するように崩れ落ち――やがて、呼吸が止まった。
部屋に残されたのは、沈黙だけだった。




