呪い花の仕組み
回復魔法をかけるゼーレと、皇子のそばに寄り添うアルデバランを残し、
オルガとマッシモ、そして騎士団長と副団長の二人は静かに部屋を出た。
廊下に出た途端、ルーカスが低く呟いた。
「……あとは、犯人の炙り出しだな。またエリオット殿下にちょっかいを出されたら困る。
あの呪いは厄介だった。周囲にも影響を及ぼすタイプだ。何としてでも術者を捕まえないと、帝国の存続に関わるぞ」
その言葉に、オルガはふと、
大切なことを伝え忘れていたことに気づいた。
「あ、それなら、術者のことは気にしなくていいよ!」
あっけらかんと笑って言うオルガに、
マッシモとルーカスがそろって呆れた顔で見合わせる。
「……そんなわけあるか!」
心の声が顔に出ていたのか、二人の視線がそろってオルガに向けられる。
副団長のレオニダスは、例によって眉をひそめ、じっとオルガを見つめた。
まるで、「どういう意味だ、それは」と無言で問いかけているかのように。
「呪い花はね。花が枯れたら、呪いは術者のところに戻るの」
その一言に、マッシモ、ルーカス、レオニダスの三人は、驚愕を通り越して言葉を失った。
数秒の沈黙のあと、マッシモが声を荒げる。
「おいおい……戻るって、まさか、また皇子に戻るってことか!? それでなんで“気にしなくていい”なんて言えるんだよ!?」
オルガは肩をすくめて、呆れたように言った。
「もー、マッシモってば、ほんと早とちりなんだから。術者に戻るっていったのー。
リンさんにも言われてたでしょ? そういうトンチンカンなとこ直したほうがいいよ」
ルーカスとレオニダスは、黙ったままオルガを見つめる。
その目には、“どういう意味だ”という戸惑いが混ざっていた。
ルーカスが意味を探るように口を開いた。
「呪いが術者に戻るってのは、まあ理解した。だがそれで“問題ない”とはどういう理屈だ? 呪いが戻った術者が、また襲ってくるかもしれんだろう?」
オルガは一瞬、言葉に詰まる。
説明って、ほんと難しい――全然伝わらない、と考えを巡らせてから、ぽつりと口を開く。
「うーん……呪い花が枯れるとね、その呪い“そのもの”が術者に戻るの。で、術者はね――呪いをかけた相手、今回は皇子だけど――その人と同じ目にあう、って」
「“同じ目”って……おい、まさか」
「うん、衰弱して、何日も意識が戻らないかもね。……本にはそう書いてあったよ!」
しれっと言い切るオルガに、三人は沈黙する。
やがて、ルーカスが眉を寄せたまま、低く唸るように言った。
「……えげつねぇ花だな」
ルーカスのため息まじりのつぶやきをよそに、
レオニダスは真顔のまま、疑問を投げかけた。
「……本にそう書いてあった、ということは。つまり――実際にどうなるかは、確証がないということか?」
オルガはにこりと笑って、驚いたまま固まる三人を見まわす。
悪びれた様子は、まるでない。
「うん、実践は初めて。……でも、ちゃんと咲いたし、呪いも吸ってたでしょ? だからきっとうまくいくと思うよ! 本の通りになる、はず!」
最後の「はず!」が、どこか他人事のように明るく響いて、ルーカスが思わず顔をしかめた。
「オーケイ、オーケイ……理解したよ。百歩譲って、術者に呪いが戻るとしてだ。――その呪いが、周囲の人間にまで影響したら? 感染のように広がって被害が出たら? それは、騎士団長として見過ごせない」
ルーカスの真剣な口調に、マッシモとレオニダスも「それは確かに……」とばかりに顔を見合わせ、オルガに視線を向ける。
「えー? 心配ないない!」
オルガは手を振って笑った。
「あくまで、呪いは術者だけに影響するの。ほら、植物って人間と違って、まわりを巻き込むとかそういう底意地の悪いことしないの。いたってシンプルなの。」
「シンプルね……シンプルすぎて、逆に怖いぞ?」
マッシモが、こらえきれないといった風にぼやく。




