帝都の城へ
馬車ががたん、と大きく揺れた。
「わっ、こぼれた。あーあ、せっかくのスープが……」
オルガはひらりとスカートをたくし上げて、膝の上にこぼれた朝食の残骸を気にするでもなく、ぐいっとスプーンを突っ込んでそのまま飲んだ。
隣に座るレオニダスは、鎧の肩がピクリと動くのを自覚しながら、できるだけ視線を合わせないように外を見つめている。
「……食事を馬車で取るのは推奨されていない」
「え、そうなの? 知らなかった〜。でもさ、お腹すいてると動けないタイプなんだよね、わたし。力が発揮できない気がする」
レオニダスの眉がぴくりと動く。
「”エルバの手”の力は、食事によって増減するのか」
「うーん、わからないけど……“気分”? 気分が乗らないとダメかも」
「……」
たぶん理解していない。
というか、納得してない。
「まあ、見てもらえば早いよ。あ、ほらほら、街の門だ。すごーい! 帝都って、やっぱ広いんだね〜」
窓の外には、石造りの高い門と、衛兵たちの整列する姿。朝日を受けた城壁がきらめいている。
その向こうに、王城の尖塔がそびえ立っていた。
オルガの目がきらきらと輝く。
レオニダスは、なんだか遠足に来た子どもを連れている気分だった。
***
「そちらの者は、許可証を……って、レオニダス副団長!? ご、ご無礼を!」
門前で待っていた衛兵が慌てて直立し、背後の門がゆっくりと開いていく。
馬車は城内へと滑り込んだ。
「お前が“その者”か」
門のすぐ先で待ち構えていたのは、青いローブをまとった壮年の男だった。
銀縁の眼鏡に、ぴっちりと結い上げた白髪。魔法師団の筆頭、ゼーレ=ハルト。
「……見たところ、ただの村娘にしか見えんな」
「花屋です。草いじりしてます。こんにちは」
オルガが笑顔で手を振るが、ゼーレの視線は冷たいまま。
「このような素人に頼るなど、帝国の威信に関わる。私が最後まで責任を持つべきだったのだ」
「全部やってダメだったから、私のとこ来たんでしょ?」
「……ッ」
一瞬、ゼーレの眉がぴくりと動いた。
オルガは、レオニダスの背後に立って彼を見上げる。
「それで、どこにいるの? その皇子さま」
「案内する。禁域の奥だ」