花咲く2
ぴしり。
まるで空気に細いひびが入ったような音が、部屋の中を裂いた。
誰かが動いたわけでもない。扉も風もない。けれど確かに何かが“割れた”。
「……咲き始めた」
オルガの目が、皇子の胸の上にある“呪いの花”のつぼみに注がれる。
花の先端が、ゆっくりとほどけていく。まるで呼吸するように開いては閉じ、震えるような薄紫の光を放ち始めた。
「花が……光ってる?」
レオニダスが思わず口にする。だが、すぐにそれが“光”ではなく、“魔力”そのものであると気づき、身構えた。
同時に、部屋の空気が一変する。部屋を充満していた嫌な違和感が軽くなった気がした。
花のつぼみは完全に開き始めていた。
中から伸びる透明な根が、皇子の胸、腕、額へと這い、優しく絡みついていく。毒を吸い上げるように、その根から黒い“霞”が逆流し、花びらの奥へと吸い込まれていくのが見えた。
「……すげえな、こいつ……」
ルーカスが思わず呟く。生まれて初めて“戦わずして、魔を退ける力”を見た気がした。
それは、剣ではない。魔法でもない。
ただ、小さな花が、呪いを吸い上げている。
ただ、それだけの光景が、言葉にならないほどの威力をもって、皆の心を打った。
だが、そのとき――
ぱちん、と、何かが弾けた音がした。
「……!?」
エリオットの身体が、一瞬、跳ねた。
目を閉じたままの彼の額に、うっすらと黒い紋様が浮かび上がる。
「残り滓か……!」
ゼーレが身を乗り出すが、それより早く、オルガが花に手を添えた。
「咲いて。もっと咲いて。……この子、まだ生きたいって言ってるんだから」
その手から、金色の光がふわりと広がる。
花の色が、ひときわ深くなる。
つぼみの奥から、音もなく二輪目の花が咲いた。
まるで、皇子の命が“答える”ように。
紋様はふっと消え、エリオットの呼吸が、すこしだけ、穏やかになった。
「……効いてる」
ゼーレが呟いた。
その瞬間、誰もが確かに思った。
――これは、治る。
この“花屋の少女”が持ち込んだ力は、魔でも呪いでもない。
説明できない“自然の手”だ。
静かに、花はなおも咲き続けていた。