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花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜  作者: ソニエッタ
呪いの皇子と森の片隅のお花屋さん
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花咲く

扉がゆっくりと開かれた。


部屋の寝台に横たわる皇子、エリオットの顔は青白く、十六歳の青年とは思えないほど痩せ衰え、まるで老人のようだった。骨ばった手が胸の上に置かれているが、指先にはかすかに紫が滲んでいる。


「……っ」


皇太子アルデバランがわずかに息を呑む。その声に反応したように、エリオットのまぶたがぴくりと震えた。


「まだ、大丈夫…頑張ってる。君は強いね…」


オルガが小さく呟く。


彼女はふわりと花咲く掌をかざしながら、少年に近づいた。花から零れる光が、ゆっくりと室内に拡がっていくと、それに呼応するように腐った空気がわずかに揺れる。


「呪いが何重にかかっていたって、この子には関係ないよ。ただの、花を咲かせる“養分”みたいなもんだから」


ゼーレが眉をひそめ、呟く。


「……“呪い”を、養分にする……だと? そんな発想、聞いたこともない」


ルーカスが低く口笛を吹いた。


「やっぱり、ただの花屋じゃねえな。とんでもねぇ化け物を育ててやがる」



オルガはそれに気づいたように、いつもの調子で言った。


「え、褒めてる? うちの子たちとってもかわいいの!」



オルガは、そっと掌の上の種を見つめた。

淡い芽をのぞかせた小さなそれは、握る指先の温もりに応えるように、静かに震えている。


「待たせちゃったね、行っておいで。」


囁くようにそう言って、オルガはその種をエリオットの胸の上にそっと置いた。


次の瞬間――


芽はみるみるうちに伸び、つるりと艶のある茎を空に向けて突き出す。

すぐに細い根が四方へ広がり、まるで水を得たように勢いよく布の隙間から潜り込んでいく。


「……!」


アルデバランが思わず半歩踏み出した。だが止めはしなかった。


茎は伸びながら柔らかく枝分かれし、皇子の身体を囲うように優しく包んでいく。

その動きに、威圧や侵略の気配はなかった。むしろ、慈しむような、深い深い庇護のような――。


「……あれが、“呪いの花”」


ゼーレがかすれた声で呟いた。


「いま、あの子の呪いを吸いながら……咲こうとしてる」


静まり返った室内に、植物の茎が伸びる微かな音だけが響いていた。

やがて、皇子の呼吸が少しだけ、楽になるように見えた。


オルガは微笑んだ。

けれどその目には、一瞬の緊張が宿っている。


「……ふぅ。根がしっかり絡んだ。あとは、咲けるだけ咲いてもらうしかないね」


オルガは軽く膝をつき、皇子の傍に座った。掌にはもう光は宿っていない。代わりに、赤紫色のつぼみが、少年の胸のあたりで静かに脈打っている。


「まだ咲かんのか?」


ルーカスが低く問う。返す声は淡々と、けれどわずかに熱を帯びていた。


「呪いが深いほど、時間がかかる。あの花は呪いを“糧”にして咲くからね。中途半端に咲かせると、吸い残した呪いが暴れて逆流することもあるから」


「……それは困るな」


ゼーレが唸るように言い、部屋の結界を再調整しながら軽く杖を振った。細い光が室内を満たし、花のつぼみを優しく包む。


「安心しろ。ここはわしの結界がある。もし花が暴れても、爆ぜても、外には出さん。だが――」


「でも、皇子はもたないかもしれないって言いたいんでしょ?」


オルガが、背中越しに言った。けれどその口ぶりは穏やかで、まるで季節の話でもするようだった。


「うん。でも、咲くと思うよ。この子、今すごい頑張ってる」


彼女の目はつぼみの中にいる“何か”を見ていた。

腐った魔力をかき分けて、ひとり必死に耐えている少年――エリオットを。


ゼーレがひとつ長く息を吐き、アルデバランの横に立つ。


「……我らにできることは、もうほとんどない。あとは、あの花とエリオット殿下を信じるのみですな」


アルデバランは息子を見つめたまま、小さく頷いた。

拳を握りしめながら、声を絞り出す。


「エリオット……どうか、戻ってきてくれ」


 


その声は――皇子の耳に、確かに届いていた。


つぼみの先が、かすかに震えた。





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