皇子の元へ2
廊下の奥、二重の封印が施された扉が見えてきた。
オルガは足を止め、眉をひそめる。
「……臭い、臭すぎる」
思わず漏れた声は、どこか苦しげだった。
二日前にここを訪れたときとは比べものにはならないほどの悪臭が、確かに扉の向こうから漂っている。
甘く、重く、鼻にまとわりつくような腐敗した魔力の匂い。近づくほどに、それは濃くなる。
「何だ? 俺には何も匂わないが?」
ルーカスが首をひねりながらオルガに尋ねた。
だが答えたのは、オルガより先に、隣を歩いていたゼーレだった。
「呪いの魔法というものは、いわば禁忌じゃ。かけた直後は無臭でも、時間が経つにつれ魔力が腐敗し、臭いを放つようになる。それは、かけられた者だけでなく――かけた者もな」
「それなら、最初からその匂いを辿って、呪いをかけた魔法使いを探せば済む話じゃないか?」
ルーカスが訝しげに返すと、ゼーレは肩をすくめた。
「騎士団長よ、さきほど“何も匂わない”と言っておったな? そういうことだ。その匂いを嗅ぎ分けられる者など、滅多におらん。わしも少しはわかるが――そこの花屋ほどではない」
ゼーレはオルガを顎で示しながら、レオニダスへと目を向ける。
「レオニダス、お主は魔力に敏感だったな。……どうだ、何か感じるか?」
レオニダスは一歩前に出て、封印された扉の前に立った。
「……確かに、薄いですが……好ましくない“何か”を感じます」
目を細め、空気の流れを探るように視線を彷徨わせた。
「けれど、はっきりとはつかめない。まるで水底に沈んだものを見ているような……そんな感覚です」
「うん、それくらいが普通」
オルガがひょいとレオニダスの横に並び、扉のすぐ前で鼻をしかめた。
「でもね、外から嗅いでこの強さって、けっこうやばい。中の空気、もう腐ってるよ。たぶん、呪いを何度も重ねたんだと思う。皇子、よく生きてるよね」
そう言いながら、オルガは懐から小さな白い種を取り出し、そっと握りしめた。手のひらがじんわりと緑に光り、そこからふわりと小さな緑の花が咲いた。
ゼーレが眉を上げる。
「……何をする気だ、娘」
「空気、ちょっとでもきれいにしとかないと。入った瞬間、ぶっ倒れるかもしれないし」
「ふむ……それがあれば、わしらも無理なく皇子に近づけるのか? 魔力は戻ったとはいえ、全員分の結界魔法を張るのは、さすがにもう無理じゃ」
「大丈夫だと思うよ。念のため浄化の花の種も持ってきたけど、この子、もう花になる準備万端だから。呪い、吸ってくれると思う!」
そう言って、オルガはもう片方の手のひらを開く。そこには、わずかに芽を出した淡い金色の種――“呪い花”が載っていた。
花屋の少女が、魔法師でも騎士でもないのに自然と“先導者”のように振る舞っている。だが、その場の誰一人として、それを否定しようとはしなかった。