怪しい香
二人は並んで歩きながら、城下町の大通りを進んでいく。
人の声、荷車のきしみ、空を横切る鳥の影。すべてがいつも通りに見える。けれど、オルガの眉間には、どこか引っかかるような皺が寄っていた。
「……あのさ、マッシモ」
「なんだ」
「“呪いをかけた人”って、まだ誰にも分かってないんだよね?」
「そうだ、今回俺が呼ばれたのもその件だ。どうにかして犯人を炙り出さないとならん。」
「じゃあさ……もし、犯人が今の状況を知ったら、どうすると思う?」
「……お前を、止めるだろうな」
マッシモの口調がわずかに硬くなる。
その横で、少しだけ視線を落とした。
手の中の布袋――その中で、種は小さく震えている。怯えているわけじゃない。逆に、何かに呼ばれているかのような、そんな気配。
オルガは胸元でそれをそっと抱きしめるようにして、前を見据えた。
城の石壁が見えてきた。
その頂には、帝国の紋章が風に揺れている。
門前には、槍を構えた衛兵が二人。数日前見た顔ではあるが、やはり警備の目は鋭い。
「通行許可証を――……あっ、ギルド長!」
「俺は皇太子アルデバラン様からの直命だ。彼女も同行者だ。」
「了解です!」
すぐに門が開き、ゆっくりとした重たい音が響く。
マッシモの言葉に、衛兵は一瞬たじろいだが、すぐに門を開く。オルガは黙って通りながら、ちらりと兵士たちを見やる。ほんのかすかに、空気がざらついた。
「なんか、ちょっとだけ匂うね……」
ぽつりと漏らした言葉に、マッシモが眉をひそめる。
「またか?」
「うん。でも、前ほどじゃない。たぶん、近くに通っただけ。残り香って感じ」
城内にたどり着くと、案内役の侍女がすぐに現れた。彼女の顔を見た途端、オルガの鼻がかすかにひくつく。
(……このひとも、少し臭い)
それでもオルガは、なにも言わずに微笑んだ。
「こんにちは!」
侍女はぎこちなく頭を下げ、無言で歩き出す。
オルガとマッシモがその背を追おうとした、そのとき。
「……なんでここにいる?」
石畳に響く硬い声。
曲がり角の向こうから現れたのは、帝国騎士団副団長レオニダス。そして、その後ろで気だるそうに歩いてくる長身の男――騎士団長ルーカス。
「おー、マッシモと…君がもしかしてオルガ嬢?迎えに行く手間が省けたねぇ。」
ルーカスはにやりと笑うが、レオニダスは少し眉をひそめたまま、オルガを見下ろす。
「予定より二日早いが…できたのか?」
「こんにちは!石頭のー、えーと」
「レオニダスだ。なんだ石頭とは?」
「そう、それそれ!なんかこう……名前からして硬そうだよね。石頭って感じ!」
言った瞬間、オルガの隣でマッシモが小さく咳払いする。
ルーカスが肩を震わせながら笑った。
「ははっ、いいじゃないか。俺もあいつのことはそう呼んでるよ、心の中でな!」
「団長!?」
レオニダスがぴくりと眉を動かす。
「事実だしな」
マッシモがぼそりと添えて、オルガはにんまり笑った。
「うんうん、ね?石頭副団長♪」
「……口の利き方には気をつけろ」
「わかったってば」
オルガはさらりと返すと、懐からそっと布袋を取り出して見せた。
「この子が“咲きたい”って言ってたから来ちゃったよ!お迎えの件はごめんね。」
ルーカスが目を細め、マッシモと一度目を合わせる。
「……本当に咲くのか?」
「うん。今回は大丈夫だと思う!」
オルガの瞳は真っ直ぐで、飄々としながらもどこかに芯がある。
その様子を見て、ルーカスがにやりと笑った。
「いいねぇ。嫌いじゃない。……よし、じゃあお姫様とお付きの方々で、魔法師団長のとこに行こうか。」
「“お姫様”じゃなくて、“お花屋さん”だよ。」
「おう、失礼。花の姫様とお呼びしよう。」
「2人の会話を聞いてると深刻さにかけるんだが」
と、マッシモが呆れたように言って、一行は城の奥へと足を進める。
(……ルーカスとレオニダスもちょっと、匂う)
すぐそばにいるわけでもないのに、ほんのわずかに、あの臭いが残っている。もしかして——
(騎士団内部にもいるのかも…)
疑念はあっても、声には出さない。
扉の向こう。種が望む場所へと、今はただ、進むだけだった。