城へ
オルガは片手に種を入れた袋を持って、慣れた足取りでサクサクと森を下っていた。
「咲きたいなら、仕方ないよねー。もうちょっと時間がかかると思って4日って言っちゃったけど、早く城に行ったらあの怖そうな皇子パパも喜んでくれるに違いないね!」
陽の差し込む枝の間を抜けて、やがて見えてくる街の郭。
市場の賑わいを横目に通り過ぎ、まっすぐに大通りへと出たところで――
「おーい!オルガ嬢!!」
低く響く声に振り向くと、そこには分厚いコートに身を包んだ、見覚えのある大柄な男――冒険ギルド長、マッシモの姿。
「マッシモじゃん。なにしてるの?」
「城へ呼ばれてな。……あー、それはそうと、依頼の件すまんかったな、連絡もなしに店に騎士を向かわせてしまって。あの石頭の副団長が一刻を争うって言うもんでな。」
「石頭…ふふ、たしに硬そうだったかも」
オルガが笑うと、マッシモも苦笑を返す。
「まあ、あいつは真面目すぎるのが玉に瑕だ。で、どうだ、準備の方は」
「ばっちり。むしろ、もう咲きたがってるから、急いで持っていくとこ」
「……今度は大丈夫そうか?」
「うん、大丈夫!咲くための“呪い”を求めてるってかんじ」
「物騒な花だな」
肩をすくめたマッシモがオルガの隣に並ぶ。人混みのなかで、彼の背丈と風格が、自然と道をつくっていた。
「ていうかマッシモも王城行くなら、ついでに一緒に行こ?」
「ん、まあ、それはいいが……」
マッシモが言いかけたところで、オルガが急に立ち止まる。
「……うーん。いま、なんか、変な感じしなかった?」
「ん?」
マッシモも立ち止まり、辺りに目を配る。通りは普段どおりの喧騒に包まれているように見えるが、オルガの目は違っていた。
「風の向きが……ちょっと変。なんか、さっきまでと違う匂いが混じってる」
「匂い……?」
「うん。焦げた草みたいなにおい。あと、ちょっとだけ……鉄っぽい?」
マッシモの顔が引き締まる。
「……嫌な勘が当たる日ってのは、あるもんだな。急ぐぞ。誰かに恨まれるようなことしてないか?」
「えー?ないと思うけど……でも、呪いを解くのって、誰かが“損する”ってことでもあるんだよね?」
「……ああ、そうか。なるほどな」
マッシモが頷き、歩調を速める。
「そういえばあの石頭に迎え頼んだって話じゃなかったか?」
「そうだったねー。でも早くできちゃったし、サプライズだね!」
「……ったく、おまえってやつは。」
マッシモは肩をすくめて笑い、そのまま並んで歩き出した。
「……あ、これ、持ってこ」
「は?」
呆れた声が背後から飛んできたが、オルガは気にせずたんぽぽを摘み、そっと袋に入れた。
「この子、好きかもしれないし。咲かせるなら、まわりにお友達いたほうが、きっと咲きやすいよ」
「……ああ、もう、わかった」
そう言いつつ、マッシモも自然と歩調を緩める。
城は、もうすぐそこだった。