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たくらみ
王宮・東の塔、奥まった部屋。
重たく垂れた緋のカーテンと、光を遮る香の煙。
その中で、ひとりの女が椅子に座っていた。
薄く紅を引いた唇が、ゆっくりと綻ぶ。
「……“エルバの手”に助けを求めたの?」
問いかける声に、控えていた侍女がこくりと頷いた。
「はい。失敗に終わったようですが、またいらっしゃるようです。」
「へえ、こりないわね」
女――ラウエル帝国皇帝ヘンドリックの側妃エメリナは、細く白い指を組む。
鏡越しに映る自分の姿を見つめながら、その声は飄々としていたが、目の奥は冷たい光を宿していた。
しばし沈黙。やがて彼女は、鏡の向こうに笑みを投げた。
「——念のため、“あの方”を呼んでおきなさい。念には念を、ね」
侍女が静かに部屋を下がっていく。
部屋に再び沈黙が戻ると、エメリナは指先で香炉の蓋をなぞった。
「私の望みはすべて叶えるべきなの…あの女に譲るなんてありえないわ?皇太子、皇子共に亡き者にしてやる…」
緋色の香が、ゆらりと天井へ昇った。