森の片隅のお花屋さん
初めての投稿です。よろしくお願いします!
「……あれ? カラスに畑荒らされてる…」
朝、森の片隅にある家の庭先で、オルガはじっと空を見上げていた。
「あっ、やば。あれって、昨日うっかり間違えて痺れ草と魔力草まぜて植えたとこじゃん……え? 今、球根食べた?」
木の上のちょっと珍しい白い色のカラスは、口ばしをもぐもぐさせた後、軽やかに羽ばたいて空へ飛んでいった。
オルガは目をぱちくりさせ、手に持っていたカカシの腕をひょいと掲げて小さく手を振る。
「……バイバーイ。死ぬなよー」
カラスは空に消えた。
とんでもない草を食べたかもしれないのに。
そんな感じで、今日も一日がはじまった。
彼女の名前はオルガ。二十一歳。森の片隅にある花屋の店主で、趣味は昼寝と種作り。
植物を元気にする不思議な力――エルバの手を使って、両親から継いだ花屋をのんびりやっている。
「さてと、朝ごはんでも食べるか。いや、その前に水やりかな。あ、そうだ、昨日の種……どこに埋めたっけ? え、えーと、あれ、毒草ゾーンだっけ?」
一人でしゃべりながら店先の植木を眺めていたその時――。
ドン! ドン! ドン!
門を激しく叩く音が響いた。
その衝撃で、棚の上に置いてあった鉢がカラン、と落ちて、オルガの頭に直撃する。
「痛いーー!ちょっ、まって、頭割れたよね?もう店閉めよう、そうしよう。」
ズレた反応で鉢を拾っていたその目の前に、がっしりとした鎧の男が現れた。
「貴様が“エルバの手”の使い手か」
「真剣な顔しながらいらっしゃったところ悪いのですが、お店は今日臨時休業になりました。」
そう言って、オルガはスコップを片手に店の前に立ちふさがる。
その小柄な体と、背後に咲きかけの草花たち。
可憐な顔立ちとあいなって、どう見ても脅威ゼロ。
重装備の騎士が言葉に詰まったように一瞬沈黙したあと、口を開いた。
「私は帝国騎士団副団長、レオニダス=グレイス。
帝国の正式な任務で来た」
「……へえ。副団長。偉い人が来たということは大事か」
「皇子殿下が呪いにかけられた。
魔法師団のあらゆる手段を尽くしても解けなかった。
貴様の“エルバの手”の力が必要だ」
オルガはスコップを土に突き刺し、じーっとレオニダスを見つめる。
「……それ、私に頼む前に、もっと神々しそうな人のとこ行ったほうがよくない?」
「もう行った。全部試した。最後に貴様のところに来た。」
「最後の手段って、なんだか“あんまり期待してないけど一応試すやつ”みたいで、ちょっと微妙だね」
「……」
「それに、王族に関わるとろくなことにならないって、母さまが言ってたし」
沈黙。
目の前の騎士は、岩みたいに動かない。
でもなんか、眉間にしわ寄せてる気配だけは感じる。
「……冗談では済まされない状況だ、殿下の命がかかっている」
「……呪いって、どんな感じなの?」
「眠ったまま目を覚まさない。食事も取れず、魔力も不安定だ。
触れた者が同じ症状にかかる。危険すぎて、もう誰も近づけない」
ふむ。
それは確かに、冗談じゃ済まされない状況だ。
オルガはある花を頭に浮かべるが、
ただ、あの花は成功したことがない。
「……とりあえずさ、その皇子ってどこにいるの?」
「王城の奥、隔離された部屋に。」
「うん。じゃあ、見てから決めていい?」
「決めるとは?」
「治すかどうか。……作れるかどうか、ちょっと不安なんだよね」
また、沈黙。
でも今度の沈黙は、さっきより少しだけ柔らかい気がした。
「……準備しろ。出発はすぐだ」
「え、今? 魔力草の水やりしたいし、朝ごはん食べてないし…お店にお客さんくるかもしれないし…」
レオニダスは眉ひとつ動かさずに言った。
「臨時休業するんじゃなかったのか?」
「わかったよー、行くよ。ちょっと水やりしてくるからまってて」
そう言って、オルガはひょいっと裏口に回る。
騎士団の副団長は、その背を見送りながら、
この“頼りなさそうな花屋”が本当に殿下を救えるのか――ほんの少しだけ、後悔していた。