表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

秋月の笑んだ日

作者: 目くじら

 2021年9月21日、23時45分。


「注文の品は、あるかい?」

「ああ、あるよ。こんな真夜中に呼びつけやがったんだから、倍額払えよ」

「うまそーー! やっぱし、団子はみたらしに限るってモンだよねぇ。いや、そんなことよりさぁ。知ってるかな。遠吠えってね、狼同士がコミュニケーションをとるのに使われるんだよ。どうどう、知ってた?」

「……へえ、何だって、そんな常識めいた蘊蓄を自信たっぷりに披露できるんだ。お前は」

「自信たっぷりって……急に褒めないでくれ。照れる」

「誰が褒めたよ。だ、れ、が」

「や、止めたまえ。頭を小突くのは止めたまえ。痛いじゃあないか」

「まったく……そんなことより、今日はどうして俺を呼び出した? 何か用事でもあったっけか。パシリ以外で」

「用事って……忘れちゃったのかい? 毎年の約束じゃんか。お月見の時期になったら、一緒に遊ぼうよ、って」

「それは覚えている。中秋の名月だろ。ただ──今日は違うんじゃあなかったか? 生憎、カレンダーはもう2、3カ月分は捲ってないが」

「………………どういう意味?」

「意味も何も、言った通りだ。当時、ネットで得たばかりの知識を、毅然とした態度でお前は教えてくれた──『中秋の名月と満月の日は、必ずしも一致しない』って」

「あぁ、よく覚えてるね。

 そうなのだよ。中秋の名月と満月はイコールじゃあない──場合もある。

 ネットで月齢カレンダーとか、見てみるといい。たまには、イコールで繋がっているから」

「へえ。それが今年なのか。どんな理屈で、そうなるんだ」

「……説明したとして、半分も頭に残らないだろう。キミには」

「それもそうだな」

「即答かよ。まあ、兎も角、それらの日付が今年は8年ぶりに一致している。珍しいよね」

「珍しいよね、じゃあない。今日は中秋の名月じゃあないと思ってたからな。夜通しで、格ゲーする予定だった。お前のせいで、パアだ」

「君って、意外とゲーム好きだよねぇ。そうしてると、年頃の男子高校生そのものだよ」

「意外も何も、俺だって現役の高校生なんだが」

「……そういう意味で言ったつもりじゃあ──まあ、別にいいか。

 しかし、格ゲーとはね。フフ、腕が鳴る……久々にボコってあげようか?」

「お前は女子の割には、そういう男勝りな点があるな」

「ちょっと! 前時代的な偏見は止めてもらおうか。令和にもなって男女差別なんて、当今流行らないぞ」

「そうだったな、悪い。しかし、誰がお前とテレビゲームに興じると言った?」

「興じないとも、言ってないよね」

「よく分かってるじゃないか。ハメ技は禁止だぞ」

「いいよ。快勝してやる」




 ※※※




 2021年9月22日、4時26分。


「矢張り嘘だったか。一晩中ハメ技の実験台にされるとは」

「なんだよ。滅多なことをいうものでは無いよ。人聞きの悪いことを。ハメ技も何も、君が勝手に自爆しているだけじゃあないか。壁際に追い込まれると、適当にボタンガチャガチャし始めてさぁ」

「それを壁ハメと言うんじゃないか……。まあ、小賢しい策なんて練らなくても、勝てれば良いんだ。勝てれば」

「1ストックも取れて無かったよね?」

「うるさい」

「あ、拗ねちゃった」

「……………………」

「……………………」

「…………なあ、一つ良いか」

「何だい? 再戦の申し込みなら、5分くらい待ってくれないか。眠い」

「以前、倒れただろう。街中で、突然」

「藪から棒だこと。いや、しかしそんなこともあったねえ。……でも、ただの貧血さ。たまたま朝食を抜いてたんだ、その日は」

「馬鹿言え。喀血だった」

「よく見てるもんだ。でも、唇を切っただけだよ」

「救急車を呼んだのは、俺だ」

「いやぁ、大袈裟なんだって。本当に、何もなくて──」

「何も、無い訳があるか」

「…………もしかして、怒ってる?」

「怒ってない。隠し事をされるから、腹が立っただけだ。……おい、何だ。その薄ぺらの目は」

「……別に。訳ありげな面持ちなのは、お互い様だろうよ。そっちだって、二言三言文句でも付けたそうな顔してるじゃあないの」

「ケチ付けようなんて、カケラも考えちゃあいない。ただ──朝の四時だからよ。思いついただけだ。そして、迷ってる」

「迷ってる?」

「……………………」

「………………何を、迷ってるって?」

「あーいや。その、なんだ。今日は学校サボって、どっか行かねーか? ……2人で」

「はあ? もしかしなくても、それってデー──」

「そう取ってくれて構わない。どうだ? 学校サボって、昼間から外出するのが嫌なら、それこそゲームの続きをしたって良い。徹夜明けの宝玉集めとか、中坊の頃みたいに、一緒にやらないか」

「…………へぇ」

「きっと楽しいぞ。童心に帰ってよ」

「確かに。楽しいだろうね」

「なら──」

「ま、断るんだけどさ」

「…………理由を聞いても?」

「いや、別にね。それが本心から出た言葉だってんなら、私だってやぶさかではないんだけどね。

 こう見えて、やっぱり年頃の娘でありまして。人並みに、憧れとかはありますしねェ」

「だから、その理由を聞いているんだが」

「ふうん……理由は言わずとも知れてるだろう? 下手な気遣いをするし、相変わらず、ここぞという時は臆病風に吹かれる。そんなだから、私よりゲームが下手なのだよ。ヘタレ野郎」

「……否定はしな──って、後半は関係ないだろう」

「いいや、あるね」

「そうか。なら、証明してもらおうか。リベンジマッチだ」

「? いや、だから再戦は──」

「もう5分経った。文句はないはずだ」

「……あ、そう。几帳面なこって。じゃあ、やろうか」

「応」




 ※※※



 

 2024年9月17日。


「今年は、満月の前日らしいな」

 

 それは、おおよそ1年ぶりにやってきた墓前でのことだった。

 大学生活も既に2年目に差し掛かっており、すっかり慣れた頃。もうそろ夏休みが終わりかけという貴重な夕刻を、俺は墓石の手磨きに費やしていた。

 

 水をかける。布で擦る。

 水をかける。布で擦る。

 水をかける。布で擦る。


 ほんの数年前を、懐かしみながら幾度も繰り返したその手順は、すっかり板に付いていた。

 喜ばしくはないのだが、慣れてしまうものは仕方がない。


「お前がまだ生きていたら、どんな反応をしたんだろうな。

 喜んだのか、悔しがったのか。あるいはその両方か。

 何にせよ──いや、考えても詮無いことだ」


 掃除を始めた頃、頭上にあったはずの太陽は、いつの間にやら地平線より潜り込んでいた。

 ……これ以上は近所迷惑か。


「さて、そろそろ帰るとしよう。また、来年」

 

 空を見上げれば案の定、凡そ満月といって差し支えないだろう秋月が、浮かんでいる。

 じっと夜空に在り続ける姿は、人の顔貌の様ですらあった。

 

 分かっている。

 そんなはずはないと。


 あれはただの模様だ。

 小惑星の衝突。クレーター。冷え固まった溶岩の塊。

 それ以上でも、以下でもない。


「……我ながら、臆病というよりも──センチなだけか?」


 左手をズボンのポケットに突っ込み、苦笑する。

 空いた右手で掃除道具を背負い、立ち上がる。

 墓場から出た後、俺の足取りは軽い。

 行くべき場所が決まっていたからだ。


 帰り道は最寄りのコンビニに、串団子を買いに行った。

 みたらし団子を。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ