第57話 異能人間の誕生
――1999年12月31日 午後11時26分、熱海――
美智子と日美が異形の化け物に遭遇している頃......
木守健一は星の美しく輝く浜辺で、仕事の電話をしている最中だった。
「あぁ。その地域は……」
『キャァァァァァァ!!』
「み、美智子?」
男の顔から、瞬時に血の気が引いた。
木守健一は即座に電話を切り、近くに転がっていた流木の枝を手に取り、全速力で駆け出した。
「美智子! 日美!!」
足元を蹴りつけながら疾走する健一.......
するとすぐに視界の先に、人影らしきものが見えた。
「お父さん!!」
「日美!!」
「おと……」
その声が、不吉にも途切れた。
そして、次の瞬間──人影が、地面へと吸い込まれるように消えた。
健一の脳裏に、最悪の可能性がよぎる。
それを必死に打ち消しながら、彼は何度も娘の名前を叫んだ。
「日美! 返事をしろ、日美!!」
たった十秒間の疾走。
しかしその僅かな時間で、最悪の予想は現実となって彼の眼前に現れた。
「誰だ……誰が俺の家族を……」
目の前には──
胴体から上が消失し、血溜まりに横たわる娘の姿があった。
そのすぐ側で、異形の怪物が娘の頭らしきものを噛み砕きながら、ベキ、バキ……と忌まわしい咀嚼音を響かせていた。
「ゔぅ、ゔゔぁ、ゔぅぉぁぁぁぁぁぁ!!!」
生まれてこの方、一度たりとも感じたことのない憎悪が、健一の全身を焼き尽くす。
視界が赤く染まり、理性の全てが怒りへと塗り潰されていく。
健一は、考える間もなく、怪異へと飛びかかり、手にしていた立木を、その眼窩へと突き刺した。
「殺す! 貴様だけは絶対に殺す! 貴様だけは絶対に!!」
「グギギ? ギヒヒヒヒ。」
「侮るな……俺には、シベリア抑留を生き抜いた祖父から受け継ぐ、鋼の心臓がある!」
「ギィィ?」
――そこから先の出来事は、よく覚えていない……。
ただ、胸の奥を焼き尽くすような怒りが支配し、思考は途切れ、世界が赤く染まっていった。
気がつけば、目の前には──
原型を留めぬほど粉砕された怪異の死骸が転がっていた。
肉片すら判別できないほど引き裂かれ、叩き潰され、辺りには生臭い血肉の臭いが充満していた。
――自分が、どうやってこれを殺したのかすら、思い出せない。
「美智子……」
切り刻まれた肉体、抉られた頬肉。
あらゆる負傷を無視して、健一は駆け出した。
彼の足を動かす唯一の理由──
それは、美智子がまだ生きているかもしれないという、最後の希望だった。
「頼む……生きていてくれ。」
そして、公園に差し掛かった彼が見たものは──
サメのように鋭い歯を持つ怪物の死骸。
その傍らで、血だまりの中に横たわる最愛の妻。
「美智子ぉ!!」
「あ……なた?」
「そうだ。俺だ……」
「そう……ですね。」
すでに助からぬほどの致命傷だった。
内臓が露出するほどの傷.......失血により、顔は青白く変色している。
全身に無数の引き裂かれた痕が刻まれ、足には怪物の巨大な牙が食い込んでいた。
「俺の家内になんてことを……」
「あなた……日美は……?」
「あぁ。大丈夫だ……ホテルに逃がした。」
──健一は、嘘をついた。
少しでも心残りなく美智子を逝かせるために.......
しかし、20年近く連れ添った最愛の妻が、不器用な健一の嘘を見抜けぬはずがなかった。
「そう……そうなのですね。日美はもう……」
「すまん……」
「私たち……親、失格ですね。ここで……死ぬ私は、妻としても……」
「もういい、言うな……」
健一は、あまりに悲痛な妻の言葉を遮った。
これ以上、彼女が自分の無力さを悟ることがないように──
たとえ、それが無意味な慰めであったとしても。
「あなた……寒いです……」
「あぁ。すまんな……気が利かなかった。」
健一は、美智子をそっと抱きしめた。
彼女の震える身体が、少しでも温まるように──。
「暖かいです……」
「あぁ……」
「あなた? 私……飛べるように……なったん、ですよ。」
「あぁ、そりゃ……いいな。」
「でも、私……許せません……」
「あぁ……俺もだ。」
「日美の仇……お約束……ください、ますか?」
「あぁ……任せろ、必ず......」
母の愛より大いなる愛はなく、
子を失った母の苦しみより深い絶望はない──
かつて、ある偉人が残した言葉だった。
「この力……私たちで……日美の……」
「……これは!?」
次の瞬間、溢れんばかりの力が、健一の全身を駆け巡った。
彼は理解した──
目の前の怪物が死体となった理由を。
自身が倒した怪異よりも強大な存在を、非力なはずの美智子が討てた、その理由を。
──人類史上、初めての異能者は、健一の妻・木守美智子であったのだ。
「あとは、頼みます……」
「うん……」
「健一さん……見て、ください……花火、ですよ……」
「あぁ……そうだな、美智子……」
「……」
「美智子? ……美智子!」
「……」
「皆殺しにしてやる......」
――1999年12月31日 午後11時49分
木守健一の娘・日美、外的圧力による頭部外傷により即死。
――2000年1月1日 午前0時1分
木守健一の妻・美智子、腹部からの大量失血により死亡。
その日──
後に『不屈のゼルス』と呼ばれる男が誕生した。
人類史上初めての退怪術士の誕生である。
──皮肉なことに、この凄惨な事件は後の人類にとって大きな転換点となった。
どうもこんにちわ。G.なぎさです!
ここまで読んでくださりありがとうございます!
1999年最後の日......木守健一は全てを奪われた。
家族を奪われた父の憎しみと、娘を殺された母の怨念は人類最初の退怪術士を生み出した。
半世紀の時を経てなお色褪せぬ、老兵の憎悪の結末とは......
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