第56話 血塗られた花火
――1999年12月31日 木守健一:39歳 東京熱海――
――1000年代最後の日
後に“不屈”と称される男は、熱海のとあるホテルで新聞を広げていた。
紙面にはノストラダムスの予言と怪異による世界終末論や、Y2K問題が大々的に取り上げられている。
「Y2K問題か......メディアめ、大げさに騒ぎやがって。」
「あなた? うちの娘が花火の場所取りをしたいと言っていますよ。」
「ん? あぁ、すぐ行く。」
「そんなに混んではいないんですけどねぇ......張り切っちゃってるみたいで。」
「全く。昔ならとうに丁稚奉公に行く歳だというのに。いい時代になったな。」
「もう......いつの話をしているのですか? 私も祖父からよく聞かされましたけど......」
すると、17歳になった健一の娘・日美が勢いよく部屋へと飛び込んできた。
今回の年越し旅行は日美の強い希望で決まったものだった。
健一は、普段乗り慣れない新幹線『のぞみ』に揺られながら、熱海まで足を運んできたのだ。
「お母さん、早く行こうよ! もうすぐ2000年だよ?」
「そうね......あなた? 年の瀬にホテルで新聞なんて読んでないで、行きましょう?」
「それもそうだな。」
「お母さん、風が強いから上着を忘れずにね?」
「そうね、ありがとう。」
そうして木守一家の三人は、ホテルを出て親水公園へ向かった。
当初はサンビーチで花火を観覧する予定だったが、健一が人混みを極端に苦手とするため比較的人が少ない親水公園へと変更されたのだった。
「......少しさびれてるな。」
「年の瀬にそんなこと言うものではありませんよ?」
「すまんな。お台場や渋谷に連れていければ良かったんだが......」
「いいよ、お父さん人混み苦手だし。それに、本当は家でゆっくりしたかったんでしょ?」
「そうだな。だが正月はまた来る。来年か、再来年は、紅白でも見ながらゆっくりしよう。」
「は~い。」
他愛もない会話を交わしながら、三人はゆっくりと歩みを進めていく。
ありふれた日常、変わらぬ家族の営み......それがこの先もずっと続くものだと、誰もが疑わなかった。
しかし──
「ん? すまんな、仕事の電話だ。すぐに切る......」
「出てください? これからの日本の未来を作るお仕事なんでしょ?」
「......うん。時代を作る仕事だ。」
「年越しの時間までにはお話、終わらせてくださいね?」
「あぁ。もちろんだ。」
「先に行っていますよ。」
「あぁ。」
それが、木守健一にとって──最愛の家族との最後の会話となった。
――健一と別れてから少し後――
「お母さん、いいの? 久しぶりにお父さんとゆっくりしたかったんでしょ?」
「......男は仕事をしてナンボよ。あの人は日本をデジタル社会にするお仕事をしてるの。」
「違う違う。お母さん、我慢してない?」
「我慢しているもんですか。仕事をしている時のあの人......お母さん、あの顔が大好きなの。あの顔が好きで結婚したのよ? 仕事に誇りを持っているなんて、素敵だと思わない?」
「そう? 私だったらちょっと寂しいと思っちゃう。」
「いいのよ、あなたはあなた。時代だって違うわ。自分だけの幸せを見つけてくれれば、お母さんたち幸せよ。」
「うん。」
──そして遂に、その時は訪れた。
親水公園へと先に到着した美知子と京子が目の当たりにしたのは──人を食らう異形の怪物だった。
その姿はあまりに異様だった。
至る所から生えた無数の腕と足、サメのように裂けた口から滴り落ちる赤黒い血肉。
「っ......!」
日美が悲鳴を上げようとした、その瞬間──
母・美智子は咄嗟に娘の口を塞ぎ、すぐさま近くの段差へと身を潜めた。
しかし、それだけでは逃げられないと本能的に悟る。
怪異に気づかれれば、即座に殺される。
──日美を、守らなければならない。
1999年の怪異出現以降、世界のほとんどの人々は怪異の脅威を意識することなく暮らしていた。
しかし、この時代にもバミューダトライアングル包囲網の網を掻い潜り、漏れ出した怪異がいた。
これらの怪異は年に数件、各国で殺傷事件を引き起こしていたが.......国際連合はこれをテロ事件とし公表し、徹底的な戒厳令を敷いていたのだ。
当然一般庶民である、木守一家には知る由もない話である。
「一度しか言わない。急いでお父さんのところへ逃げて......」
「でも、そしたら......」
「それと、あの人にはお母さんが死んだって伝えること。」
「なんで......そしたら誰がお母さんを......」
まだ二十歳にも満たない少女に、冷静な判断を下すことは難しい。
母の言葉の意味を完全に理解するよりも、
「父ならばどうにかしてくれるのではないか」という期待が先に立つ。
それは──人として夫を愛する大人と、父として慕う少女の認識の違いでもあった。
「いい加減にしなさい......」
「でも......」
「お母さんが飛び出したら、すぐお父さんのところに走って。」
「お母さん......大好き。」
「ありがとね......」
美知子は娘を抱きしめ優しく撫でた後.......一瞬の躊躇もなく、近くの砂を握りしめ怪異の前へと飛び出した。
その瞬間──日美は、父のいる方向へと一目散に駆け出していく。
日美が逃げたのを確認した母は、あえて大きな悲鳴を上げた。
それは夫に、娘の危機を知らせるための叫びだった。
しかし、その先に待ち受けていた現実は──想像を絶するほど残酷なものだった。
どうもこんにちわ。G.なぎさです!
ここまで読んでくださりありがとうございます!
1999年12月31日......木守健一異能覚醒の数時間前。
運命は大きく動き出し、まるで何かに仕組まれたかのように日常が粉々に砕け散る。
次回、人類最初の異能者誕生。その運命は祝福かそれとも呪縛か......
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