エンジェル・オブ・デス
昔々あるところに、王子様と将来を約束した女の子がいました。美しい彼女は、人の弱みを握ること、拷問、そして悪魔崇拝が趣味でした。
多くの貴族たちが彼女の行動やパフォーマンスに度肝を抜かれ、度々教会にも連れて行かれましたが、今どき教会の権威など、伝統の名のもとに行われる詐欺であり、誰も信じません。逆に神父様の男児に対するいたずら行為を、女の子から告発され、神父様は信者たちによって石を投げられて公開処刑されました。
大人たちは、彼女の好意を快く思わず、パーティーでも、声をひそめることなく彼女を糾弾するのですが、頼みの綱の教会が倒れた以上、オオゴトにはできません。
しかし不思議なことに、その批判も減り始めました。
彼女を悪魔の子供だと噂したある女の子の家には、感謝の印として血で染められた白いユリが届けられました。あんなものをのさばらせていては、国の権威に関わる、と説いていた上流階級の婦人は、数年前に使用人と姦通した罪で追放されてしまいました。
ほかにも、王子様と結ばれるために被害者になろうと逞しい平民の女子がしゃしゃり出たのですが、誰から届けられたかもわからないネズミの頭と首のもげた鶏の死骸にすっかり参ってしまい、階段から転げ落ちて死んでしまいました。
こういう不幸なことはあったものの、女の子の名声は、ひょんなところから高まってゆきます。それというのは、今まで貴族が見向きもしなかった平民たちです。
平民たちは、偽善と権威にのめり込み国を私物化するエリートたちを、諦めと憎悪を持って見守っていたのですが、それらをあっさりと破壊していく女の子の姿に、己を重ね、熱狂しました。決定打はもちろん、教会の腐敗を暴いたときのことです。
親衛隊と呼ばれる集団が組織され、秘密裏に彼女の意図を汲むことが急務とされました。
平民は貴族たちのスキャンダルを密告し、そうすると、何故かその貴族は悲惨な末路を辿るので、人々はますます喜びます。人々は唯一無二の本物の貴族として、彼女に「エンジェル・オブ・デス」という二つ名を与え、彼女も時々、この肩書を好んで使っていました。
さて、ここまで彼女のことを語ってきましたが、婚約者となっている王子様は、気が気でない状態でした。臣下はもちろん、このまま婚姻が進めば大変なことになると、繰り返し警告しました。
これに対して死の天使と名乗る女の子側からのアクションはなく、それがかえって不気味でもありました。
しかしながらある時、女の子が親衛隊等に施しをしている最中、ポツリと呟いた言葉がありました。
どうしてこれほどまでに、世の中をろくな方向に導けない貴族たちが排除されたにも関わらず、彼女は未だ異端の目で見られているのか。
それは、超大国貴族連盟と呼ばれる大きな組織が、彼女と、彼女の親衛隊を迫害しているというものでした。
いつも通りに悪魔に感謝し、神に唾を吐きながら葡萄酒やパンを振る舞った彼女の告発に、平民たちは激怒しました。やはり、彼女のやり方をどうしても阻む、国家を超えた連合組織、巨大な闇の影に、人々は死の天使を応援しました。
その頃には、かなりの数の敵対者に何らかの天罰が下り、彼女の体制は盤石なものになっていたのですが、目に見えぬ敵はまだまだ健在で、使い捨てのコマを利用して、死の天使をなんとか引きずり下ろそうとしています。人々は、彼女の言う敵を憎みました。
ある日、お城に呼び出された女の子は、王子様と二人きりで話がしたいと言われ、これに応じました。王子様は石でも呑み込んだような顔をしていましたが、やがて、身を投げ出すようにして言いました。
私は死にたくない。しかし、あなたと怯えて暮らすのも嫌だ。あなたが私の妻になれば、私は恐怖から狂ってしまうだろう。私にできることがあれば何でもする、だから、どうか、婚約を破棄させてもらえないだろうか。
女の子はしばらく黙っていました。やがて、仕方がない、というように、肩をすくめました。
その動きにホッとした王子様は、ああ、これで解放される、と胸を撫で下ろしました。
お城が火に包まれたのは、その日の深夜のことでした。隠し通路、入口という入口、全てが燃え上がり、一晩にして、王家の人々は生きながら火に焼かれて死んでしまいました。
悪虐非道な王家は、自分の家に大臣や、官僚を住まわせることを良しとしなかったので、国のトップがまるまる死んだだけで、ほとんど被害らしい被害はありませんでした。
翌朝、死の天使はそこに、お花を添えました。そして、小刀で自分の指を軽く切ると、焼け焦げた字面に、己の血を吸わせました。集まっていた民衆は、その意味を色々と解釈して、なんであれ、女の子を祝福しました。
こうして不幸の連鎖は続きましたが、女の子は健在です。それだけが、民衆の最後の頼みの綱でした。より良い世界を迎えるため、民衆は女の子への支援を惜しみません。
旧来の、少数によって多数が押さえつけられるのではなく、新しい、平民という多数に支持された女の子の千年帝国が、新たな時代を席巻しようとしていたのでした。