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方法

作者: 萩谷章

 もともと汗かきな体質だったが、近頃は手の乾燥がひどく、何をするにも不便である。ビニール袋はまともに開けないし、持っているものが滑って落ちてしまうことすらある。何より、大好きな読書がすらすらとできない。ページが繰れず、物語を次々と展開させられない。ついに俺はしびれを切らし、対策することに決めた。

「ハンドクリームでも買ってみるか……」

 薬局に行ってみると、その種類の豊富さに驚かされた。せっかくだから、質のいいものを買うのもいいかもしれないが、手の乾燥が収まってくれさえすればいいわけだから、俺は最も安いものを選んだ。これに金をかけるより、本を買った方がいい。

 早速使ってみると、読書をはじめとして、それまでの不便が全て解消された。加えていい香りもついてくる。こんなにありがたい代物だったとは思いもしなかった。

 しかし、そのうち俺はあることに気づいた。手の乾燥が解消されるのはハンドクリームを塗ってから五分ほどであり、それ以降はもとの乾燥した手に戻ってしまうのである。これは俺の手がおかしいのか、あるいはハンドクリームがこういうものなのか。質のいいものを買えば違うのか。貴重な書籍代を使い、俺は高いハンドクリームを買ってみた。しかし、結果は同じ。五分も経てばもと通り。

 ついに俺の不満は爆発し、大好きな本すらぶん投げそうになった。振りかぶったところで我にかえり、天下の人間様らしく解決法を考えた。しばらく頭を抱え、俺は結論を出した。

「仕方ない、紙がだめなら電子書籍だ」

 かくして、俺は紙を諦めて電子書籍で読書を楽しむことにした。紙至上主義の俺にとっては、まさに断腸の思いで下した決断である。これほどつらいことはないが、考えてみれば、「読書」という本質は変わらない。致し方なし。それからというもの、俺は電子書籍で読書を続けた。ときどき耐え切れなくなって、書店へ行って紙の匂いを思い切り吸い込んだ。


 ある日、俺は病院にいた。かかりつけの医者に会い、色々と相談していた。

「先生、やはり読書中毒は治らないんでしょうか」

「そう決めるのは早すぎます。治療はまだ第一段階ですから、まだまだやりようはあります」

「そうですか……」

「第二段階に移ってみますか」

「それは、手を乾燥させるよりつらいでしょうか」

「それほどではありません。視力を著しく落とします。そうすれば電子書籍もまともに読めないでしょう」

「視力を……」

「冗談です。それではあまりにも日常生活が苦しくなる」

「それならよかった。で、本当のところは」

「こちらの書類に詳しくまとめてあります。まずこちらをご覧ください……」

 ときどき患者を小馬鹿にしたような物言いをするところに腹が立つが、このあたりで読書中毒を相談できる医者はあの人しかいない。仕方ないが、根気よく治療を続けるしかない。

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