92、交差する思いと剣 (5)
お互いに打ち合う剣の音が玉座の間に響き渡る。
「ふぅん、迷いはないのね。」
おそらく、前回の戦いから随分と変わった事にジュリアは関心を示していた。
剣戟を捌き、私はバックステップで距離を少し距離を取る。
「知ってしまったから・・・」
「何をかしら?」
少ししゃがむと、ジュリアは踏ん張りながら体重を剣に乗せて振るう。
受けた剣をそのまま左側に受け流して、空いた脇腹に後ろ回し蹴りをするが
「まだっ!」
体勢を崩した状態から私の後ろ回し蹴りに対して後ろ回し蹴りを合わして攻撃を止める。
私もジュリアも剣戟と蹴りという戦い方は似ていたで、どこかで戦い方を変えない限りはジュリアに勝てる可能性は低いと思う。
「あれから、あなたが王国を裏切った事と裏切った理由を知ったから。」
「それを知った上で戦えるのは何故かしら?ジェシカ・・・あなたと戦える事は嬉しいわ。その上で理由を知りたい。」
少し距離を取って体勢を整え、私は大きく踏み込んだ。
「あなたに必要なのは同情ではなくて、受け止める事だから。500年経った世界だけど、あなたの無念が消える事はなかった・・・知ったから言えるけど、消える事がないのは当たり前だよ。恨みが消えてほしいというのは王国側の勝手な願いだけど、今の人達には受け止めるだけのものは無い。」
ジュリアとの間合いを詰めて、大きく左から右に横一文字に払う。
私の一撃をジュリアは受け止める。
「だから、私があなたの無念を受け止めるっ!!」
「くっ!」
私の言葉を聞いてからか、若干ジュリアはのけぞる形で体勢を崩した。
「それは同情とは違うのかしら。」
「違うよ。私があなたと戦いたい気持ちと勝ちたい気持ちがあるんだから。」
「ふふっ、悪くないわね。」
体勢を崩したジュリアは左足を大きく踏んで踏みとどまり、私の剣を押し戻した。
やはり、ジュリアの予想を大きく上まらないと彼女には勝てない。
それから、どのくらい打ち合っただろうか・・・
重なり合う剣撃と思いは響き合う。
「こうして、打ち合うのも悪くはないけど・・・そろそろ、魔王軍の士気にも関わりそうだから決着をつけさせてもらうわ。」
左手を前に出し、剣を持つ右手の力を抜いた。
正確には次の一撃を決める為に、剣を持つ力以外の不要な力を抜いていると思われる。
「私も・・・」
とは言うものの、特に考えてはいなかった。
だから、私が出来る事をやるんだ。
私は・・・
意識を可能な限り研ぎ澄ます。
静かだった魔王城には気が付かなかっただけで音に溢れ
相対する彼女からは焦りの匂いが感じられた。
そうか、私は・・・
「棘剣!」
元「閃光」の名に恥じぬ速さから繰り出されるジュリアの刺突。
だけど・・・
「それは分かっていた。」
「!!」
ジュリアの攻撃は私が感じとったものそのものだった。
繰り出される連続する刺突を私はレイピアの切っ先で全て捌き・・・
ジュリアの“のばら”を絡め取って後ろへかち上げた。
「決まったね。」
カランと力無く落ちる“のばら”を背に、私はジュリアにレイピアを突き付けた。
「最後の最後で油断したわ。私の負けね、自由になさい。」
ジュリアの言葉に私はレイピアを納めた。
「どうして?」
「その必要が無いからだよ。」
「・・・そうみたいね。」
ジュリアの身体が白くなっていく・・・
「聞かせて頂戴。あの時、私の棘剣をどうして捌けたの?」
「それはあなたの音や匂いでどんな攻撃をするのか分かっていたから。」
「まるで動物ね。」
「はい、私はテイマーですから。そして、あなたがこの世界を恨む理由と留まる理由も無くなった事も・・・。」
私は気づいてしまった。
ジュリアがこの世界に留まる理由がなくなっていた事に。
理由が無くなる事はこの世界からの消滅を意味する。
「それはあなたに受け止めてもらったから。“のばら”はあなたにあげるわ。それを見せれば、魔王軍も止まるでしょう。モニカ様が世界征服を辞めた今、ここで魔王軍の戦いは終わるのだから・・・ありがとう、ジェシカ。あなたに出会えて良かったわ。」
そう言い残すと、ジュリアは光の粒になって消えた・・・
「ジュリア・・・。」
「ジェシカ、君は僕には出来なかった事でジュリアを救ってくれた。」
「ユキ、これで良かったのかな。」
「彼女は満足していた、それでいいんじゃないかな。」
私は“のばら”を拾い上げ、魔王城の屋上を目指して駆け上がる。
屋上から見渡すと、魔王軍が城を囲んでいた。
「魔王軍の総大将であるジュリアは私が倒しました。魔王軍との戦いは終わりました!引いていただけるなら追撃はしませんし、魔王領への侵攻はしません!!」
大声を上げ、“のばら”を掲げると魔王軍はざわめき出す・・・
引いて行く所もあれば、こちらに攻撃を向ける人もいた。
しかし、その攻撃はルークの迎撃で無効化される。
「ジェシカさん、迎撃は任せて下さい。」
「ありがとう、ルーク!」
中庭から援護してくれるルークに手を振ると、私は話を続ける。
「これで分かって頂いたと思います。おとなしく引いて下さい!!」
私の言葉を皮切りに、魔王軍は撤退する事になった。
魔王軍の撤退を見送った私は中庭に移動した。
「帰ろう、王都に。」
魔王軍との戦いは終わった。
でも、モニカが世界征服をする気がないのに、どうして私達は勇者になったのか・・・
その疑問を抱えながら、私達は王都へと戻った。
(続く)
最後まで見ていただきありがとうございます。
ジュリアとの決着をつけたジェシカ。
そして、集結していた魔王軍は解散します。
モニカに世界征服をする気がないのに、なぜ勇者はいるのだろうか?
疑問は残るまま、ジェシカ達は王都へと戻ります。