76、ロッソ防衛戦 (1)
魔王軍が作った拠点はロッソから北東に数キロの地点にある。
常時夜の土地なので、夜襲には向いているものの・・・
逆にこちらが夜襲を受ける可能性があり、お互いに警戒している状態である。
「うん、これはいい・・・爽やかな酸味にしっかりとした甘さ。大きな実に熟成度合いの違う食感もあって1つで何度も美味しい。」
「あの・・・ジン?」
「なんだ?俺に買って来てくれたんだろ?」
「そうなんだけど、緊張感が無いよ。」
ジンは作戦会議室でお土産用に買っていたハクリュウカを食べていた。
悪くなるといけないと思って、私がジンに出したものの・・・
あまりの緊張感の無さに私がツッコミを入れる程だ。
「まぁ、今の所はお互いに腹の探り合いだからな。何しろジェシカがいるおかげで、相手は動きにくい。」
「私がいるから?」
「あっちもアルカーナの件から学習したんだろうな。ジェシカがこっちにいる事を知っているみたいだから、下手に攻撃を仕掛けて来ない。」
なるほど・・・
「こっちからは攻撃を仕掛けないの?」
「それなんだが・・・」
こちらから攻撃を仕掛けない理由があった。
それは現在戦力が分散している事・・・レイとルークがグランナディアで防衛戦に入っているから。
王国とグランナディアとの間に軍事協定が締結し、戦力が強固になった後に魔王軍がグランナディアに再度攻めて来たのだ。
丁度ライラを送っていたレイとルークはそのままグランナディア防衛戦に突入し、その2日後に魔王軍から王国の国王宛にロッソ侵攻の書状が届いた。
目的は軍事協定の破棄。魔王軍にとっては気分のいいものではなかったらしく、王様にどちらかを取らせる事で協定を揺らしにかかっている。
幸いロッソには私とアキラが向かっていたので、ジンとアオイが合流する事でロッソとグランナディアの防衛を展開している。
「・・・と言っても、このままだとジェシカが独断先行するだろうから仕事を与えようと思う。」
「仕事?うん、あるならドンドンやるよ。」
私も特にやる事がなかったので、仕事があるなら喜んで引き受けるつもりだった。
「攻撃は仕掛けるつもりないが、情報はあるに越した事はないから無理をせずに頼むよ。」
「情報収集だね、分かったよ。」
敵陣に入って情報収集かぁ・・・
「ちゃんと言っておくが・・・レイとルークが来るまでの足止め、もしくはいざという時の情報収集だからあんまり派手な事はするなよ。」
「大丈夫だよ、ちゃんとその辺は考えて行動するから。」
案の定、ジンから釘を刺される・・・まぁ、私にはちょっとした目的もあるので派手な事をするつもりはない。
「そういえば、アキラとアオイはどうしたの?」
「あぁ、アキラがウキウキしながらアオイを連れて行ってな・・・久しぶりにあんな表情を見たんだが、ここで良い事でもあったんだろうな。」
そういえば、新しい魔法の構想が出来た・・・みたいな事を言っていたからかな。
うん、そっちは2人にお任せしよう。
「そうだね。期待していいと思うよ。それじゃあ、行ってくるよ。」
「期待?あぁ・・・そういう事か。おう、情報収集は頼んだ。」
魔王軍ロッソ北東拠点から少し離れた林
「・・・やっぱりジュリアの事が気になるんだ。」
「まぁね。」
隠れて拠点の様子を見ていると、ユキが話しかけてきた。
ジュリアと戦ってからというもの・・・私は気になっていた。
そして・・・彼女が急に戦闘を止めた理由も。
拠点にいるかは分からないけど、真意は聞いておきたかった。
「そういえば、ユキは戦った事あるんだよね?」
「うん。どうやって決着つけたのか覚えてはいないけど、戦った記憶は残っている。彼女の剣に対する思いは強くて、剣を集中出来ない事を何よりも嫌う。彼女が持っていた“野ばら”はその思いを形にしたものと言っていいと思う。」
「剣に集中出来ない事か・・・」
私はふと思った。
彼女が戦いを止めた時、私は戦う事に集中出来ていなかった気がする・・・
剣を極めた人は相手の剣から気持ちが伝わるとも言うので、もしかしたら私は彼女に失礼な事をしてしまったかもしれない。
「ううん、今は調査しないと!」
首を横に振って雑念を払う。
「ユキは何かあったら声をかけてね。」
「分かったよ。」
ユキには用意しておいた鞄に入ってもらい
「グラース、テイムコネクト!」
私はグラースとテイムコネクトしてから、拠点に飛び込んだ。
大きなテントが数張設営されていて、定期的に兵士が巡回をしている。なので、敵に見つからない様にコソコソと動く。
「(良かったのか?私で。ユキの方が調査向きでは?)」
「(そんな事無いよ。今回は極力戦闘は避けるから、グラースの氷魔法や瞬発力にはお世話になると思う。)」
「(そ、そうか・・・まぁ、任せておけ。)」
グラースは嬉しそうな反応をしていた。
「(!!)」
数あるテントの中で一番奥にあるテントから薬品のにおいがしていた。
「(何だろう・・・気になるね。)」
私は巡回がいなくなった瞬間にそのテントに忍び込んだ。
テントの中にはテントには似つかわしくない実験器具の数々があり、大きな机の前に白衣を着た男性がフラスコに薬品を混ぜ合わせていた。
私の存在に気付いた男性は私の方を向き
「ん?君は・・・お、そうだった・・・早速だが、そこの三角フラスコの薬品を取って来てくれ。」
眠そうな表情に体格は細めの銀髪褐色肌のエルフの男性は、私を見ると何かを思い出した様にフラスコを取ってくるように指示をした。
(続く)
最後まで見ていただきありがとうございます。
ロッソ防衛戦が始まるものの、お互いに攻勢に出る事はなく沈黙の状態が続いていました。
膠着状態の中、ジェシカは敵拠点に忍びこみますがそこでエルフ族の男性と遭遇します。