兄との思い出
いろいろな記憶が、浮かんでは消えていく。最後に浮かんだのは、兄に縋る黒いドレスを着たリアナの記憶だった。兄はあの時確かに私に笑顔を向けた。きっと辛いのに、痛いのに。いつも、あなたはそうだ。私のためなら、どんなに辛いことだって表に出すことなく微笑んで見せる。
「お兄様……私が呪いの蔦を全て引き受けたら、みんな幸せになれるのに!お兄様が幸せになってくれなければ私はなんのために」
それは黒いドレスを着たリアナの記憶だろうか。
兄に手を差しのべようとしたのに、その手は空を切った。目を覚ますと、そこはどこまでも続く草原だった。私はこの場所を知っている。
目の前をピンクブロンドの女性が通り過ぎていく。私が知っている彼女より少し大人びて、その頭上には美しくも豪奢なティアラ。
「フリード様……」
女性は悲し気に微笑んだ。彼女の目の前には、まるで初めて会った時のように冷たい目をした兄がいた。
(初めて会った時……?お兄様はずっとお兄様だったはずなのに)
いったいいつの記憶なのだろう。兄は私が生まれた時から私にとって兄だったはずなのに。どうして、初めて出会った時の記憶があるのだろうか。
でも、確かにある。最初は冷たい瞳をしていた幼い兄に、初めて抱き着いた時の驚いた顔。そしてその後の笑顔。
「聖女フローラ様、どうかお許しください」
「フリード様……なぜですか。リアナ様はもう、完全に闇へと堕ちてしまいました。きっと助けることなんてできないです」
「……それでも、俺の大事な妹なんです。いや……リアナは俺の大事な!」
私は、ここにいる。それなのに、いつもと違って貴族としての表情をした兄は、こちらを見てくれることはない。
これは、たぶんフリードルートのバッドエンドの一場面だ。このあと兄はリアナを庇って……。私は、震えながら兄に縋りつく。これはきっと幻で、兄は私が縋りついたことに気が付くはずがないとわかっているのに。
「お兄様……私のために、命を投げ出したりしないで。そんなの、自分の破滅よりもずっとずっと悲しくてつらい」
その瞬間、兄がこちらに顔を向けて微笑んだ。それはいつも兄が私に向けてくれる笑顔だった。
「リアナ……リアナが知らないのだとしても、俺はリアナのこと」
その言葉の続きを聞くことはできない。兄は私から顔をそむけると、そこからもう振り向くことなく前を向いて去って行ってしまう。
「行かないで!行かないでお兄様!!」
それすらも夢だったというのか。誰かに抱きしめられて目を覚ます。
「リアナ様……フリード様は本当にいつもリアナ様の事を」
私を抱きしめて、私と同じようにボロボロと涙を流しているのはフローラだった。
「フローラ、あなたも私と同じものを見たの」
「そうかもしれません……私だって繰り返す日々のなかで、ただみんなを助けたかったのに」
私もフローラを抱きしめ返す。暖かくて、蜂蜜のようないい香りがするフローラ。ずっと、こんな風に一緒にいたかった。誰もそれを許してはくれなかったけれど、いつだって私たちは……。
「今度こそ助けよう?」
「そうですね……こうして、リアナ様と手を取り合って、みんなを助けられる日をずっと夢見ていた気がします」
私たちは、手のひらと手のひらを合わせた。きっと今、二人の瞳は七色に輝いているはずで。
二人の聖女の祈りと七色の光に包まれて、私たちを囲んでいた黒い蔦が次々と枯れ落ちていく。
目の前のフローラは、私に向かって聖女のような微笑みをしている。ああ、違う彼女は聖女だった。そして、私も……。
目を瞑って願いを込めれば、瞼の裏に大切な人たちの笑顔が浮かんでそして消えていった。
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