世界樹の呪いと聖女
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秋の早朝、世界樹の塔にも少しひんやりした空気と朝日が差し込む。
夏休みが終わり、もう秋が来てしまった。
「リアナ?」
そして今、私は世界樹の塔最上階でディオ様とともにいる。隣に座るディオ様となんだか距離があまりに近い。兄とでもここまで近いことはないのに。
そして頬に唇が寄せられる。聖騎士の祝福は、ひと月ごとに重ねがけが必要らしい。
聖女である私を守るためだとわかっていても、なんだか二人きりでそういうのって……。
「あのっ、私そろそろ行きますね?」
今日から新学期だ。でも、残念ながら今日は学園に行くことはできない。世界樹の塔の呪いは、いよいよ私とディオ様、フローラの目で見ればわかるほど溢れ出してきていた。
聖女の祈りが、世界樹の呪いが拡大するのを防いでいる。フローラと交代しなくては。
「――――リアナ、無理しないで?」
「大丈夫ですよ。よく眠ったし元気いっぱいです」
それでも、今のこの状況は一時凌ぎでしかないことは分かっている。このままでは、呪いの蔦は増え続けて、きっと世界を覆ってしまう。
ディオ様は心配して来てくれたけれど、世界樹の力が弱ったせいか活性化している魔獣から人々を守るため、聖騎士であるディオ様こそ休みなく戦っているのを知っている。
できるなら、私のことに使わずに自分のためだけに魔力を全て使ってもらいたいけれど、それだけは頑なに譲ってくれないディオ様。
「……俺もそろそろ行かないと」
兄も最近は騎士団での仕事が主になっているらしい。今日も二人で前線で戦うと言っていた。
兄は極秘資料管理官のお仕事を同僚さんに全振りしている模様だ。妹さんが無事に全快した同僚さんが自分から申し出たらしい。同僚さんの過労も心配だ。
「あの、お兄様が無茶しないよう見張ってて下さいませんか?」
兄は強いけれど、時々信じられないくらい無謀なことをするから。
「大丈夫、フリードは必ず守ります」
「ディオ様も、無事でいてください」
「――もちろん、まだ死ねませんから」
ディオ様と兄がともに戦うなら、負ける未来なんて浮かばない。私は二人のことを信じて、自分の役割を全うすることに決めた。
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世界樹は、黒い蔦に半分くらい覆われていた。たった二年と少しでこんなふうになってしまうなんて。
(通りでミニゲームが過酷だったはずだわ)
そんなこと思っている場合ではないのかもしれないけれど、思わず『春君』を作業ゲーム化している、過酷な呪いの蔦を処理するミニゲームを思い出してしまった。
一人納得しながら、世界樹へと近づく。近づけば近づくほど、心臓が締め付けられるように苦しくなる。
世界樹の下には、聖女と聖騎士しか入ることを許されない。たしかにそこにあるのに、ほとんどの人は近づくことを許されない神聖な場所。
そこに一人祈る少女。ストロベリーブロンドの髪が、呪いで汚れつつある聖域を、まだ聖域なのだと主張しているように神々しく輝いていた。
「フローラ」
振り返った少女の瞳は、七色に輝いていた。
「リアナ様……」
フローラが美しく微笑んで、私に手を差し伸べる。私は自然とその手を取った。
その瞬間、フローラの背後にあった世界樹から呪いの蔦が溢れ出す。
私たちは、真っ黒な蔦に取り込まれる。
直後、誰もいなくなった聖域には、世界樹だけが残された。
最後までご覧いただきありがとうございました。




