暫定賢者の石と薬
相変わらず綺麗に片付けられた室内。でも、既に数冊の本が積み重ねられ始めている。同僚さんが、黙ってその本を書架へと戻した。
「相変わらず、面白いことになっているね。アルベルトくん?」
「ミルフェルト様に本名呼ばれるの初めてですね?」
「そうだね。学生の時ですら偽名を名乗っていたものねキミは」
「恨みを買う仕事してるって自覚あるんで。自衛策ですよ」
同僚さんの本名は、本当に極秘だったらしい。それに、学生時代からこの仕事についていたというのだろうか?
「そうそう、リアナの持ってる石、貸してくれる?」
私から七色に輝く暫定賢者の石を受け取ると、ミルフェルト様は手にした小さなナイフで側面を少しだけ削り取った。
そのままミルフェルト様は、悪戯が成功したのがうれしいとでも言いたそうな笑顔をして「じゃ、残りの材料早めに持ってきてね?」と同僚さんに言った。
それから私に向き合うと、真剣な顔をして言う。
「それから相変わらずリアナは危機管理が薄い。フリードが伝えていいと判断した相手にしか、この石のことは言ったらダメだからね?」
私はダメで、兄ならいいのか。そんなに私は頼りないのだろうか。
チラリと横目で兄を見る。なぜか兄は珍しく腕を組んだまま瞑目して何か思案しているようだ。
でも、確かに兄が頼りになるのは事実だ。妹としては少しだけ悔しい気もするけれど、たぶんそうするのが正解なのだろう。
「リアナ……」
なぜか兄はまだ青ざめているように見える。やっぱりまた心配をかけてしまったのだろうか。
「お兄様?」
「……その石、リアナが持っているのは危なっかしいから、ミルフェルト様に預かっていてもらえ?」
なんだか信用がない。私は持ち物をそんなになくしたりしないのに。兄は時々私を小さな子どものように扱う。それがとても不満なのだ。
「アルベルトの妹の病気は本来治るはずがないものだ。それが治ってしまえば、お前との接触で何かがあったと周りから勘繰られるからな?」
「――っ。――――わかりました」
兄はそれを心配していたのだろうか。言っていることは理解できるから、素直に従おうと思うけれど、何か違和感が残っていて気持ち悪い。
なんだろう、この胸の中の澱みたいな不安は。
「少しミルフェルト様と内密の話がある。先帰っていてくれるか?」
兄が私に微笑みかける。いつも、安心させてくれる兄の笑顔なのに、なんだか不安が拭えない。こんなことが前にもあった気がする。
「それからアルベルト……足りない材料は言えよ。俺の天使のような妹の好意を無駄にしたら許さないからな」
「うっ。恩の押し売りか。返済は高くつきそうだ」
「――――出世払いでいい。それまではお前の妹とともにディルフィール公爵家を頼れ。必要ならば俺の名をいつでも使って構わない」
「……まあ、出世するしか身を守る術がなさそうだな。俺は少し知りすぎたみたいだ」
兄と同僚さんが無言で頷き合う。たぶん同僚さんは、これからも出世するのだろう。そして兄の権力も情報網もさらに増すのだろう。
大丈夫かな、ディルフィール公爵家。目立ちすぎて断罪されない?
「あの……私の名前もいつでも使っていいですよ?」
「大事になりそうなので、謹んで辞退いたします」
良い笑顔の同僚さんが、そう返してきた。兄と私は何が違うというのか。不公平だ。
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