同僚さんの名前と賢者の石
我が公爵家の図書館に、最近見慣れてきてしまった赤い髪の毛が見える。
「同僚さん……?」
いつのまに訪れていたのだろうか。さすが極秘資料管理官……公爵家にさえ容易に忍び込むことができるのだわ。凄いわ。
「いや、妹ちゃんが想像していることがわかってしまうのが嫌なんだけど、そんなにすごい人間じゃないですよ俺は」
同僚さんが謙遜してくる。本当に、謙虚さまで持ち合わせるいい人だ。兄が隣で苦笑している気もするけれど?
「リアナ。こいつ、病気の妹の薬のために世界樹の滴のカケラと竜の血石が欲しいらしいんだ」
こいつ消しゴム忘れたらしいから貸してやってくれくらいの軽さで兄がそんな発言をした。
同僚さんがビシリと音を立てるようにわかりやすく固まる。世界樹の滴のカケラと竜の血石……妹さんのために必要というならばいくらでもあげたいのだけれど。
私は手のひらを頬に当てて小首を傾げる。
「そうなんですね……でも、困りましたわ」
「さ、さすがにそこまでお願いするわけには!存在するということが分かっただけでも十分すぎる情報ですから!」
「――――違うんです。ほら、見てもらえませんか?」
私はいつも首から下げている小さな小袋から世界樹の滴と竜の血石が融合した七色の石を取り出す。
「この通り、二つが融合してしまっていて……もとは、世界樹の滴と竜の血石だったのですけれど。これでも、使えるのかしら?」
兄と同僚さんが、呆然として思わず同時に「「え?」」と私に疑問を投げかける。
「あ……それ、世界樹の滴より戦争が起こるのが想像に難くない情報……」
「リ、リアナ……俺、その事実聞いてなかったんだけど」
額を押さえてしゃがみこんでしまった同僚さん。そして珍しいことに兄まで青ざめて震えている。誰にも言っていないから、そんなに心配することないと思いますけれど?
「そういえば、ミルフェルト様から指摘受けてから誰にも言ってなかったですね?だって、いい子だから言ってはいけないってお兄様とランドルフ様に言われていましたし」
――いい子だから、誰にも見せちゃだめだぞ?
そう子供に言い聞かせるようだったランドルフ先輩の言葉をちゃんと守っているのだ。ああ、そういえば竜の血石だけならもう一つあるわ。ランドルフ先輩がまだ持っているはず。
「つまり、ミルフェルト様はすべて知っていて俺をここに寄越したと」
同僚さんがくるりと振り返る。そこには何もありませんけれど?
兄まで、その空間をかなり悔しげな表情で見つめている。
「くっ、あの人相変わらずそこ意地わるいな!?」
確かにミルフェルト様はいたずら好きかもしれない。でも、とても優しくて素敵な人なので意地は悪くないと思う。
「あの……これでも使えるかもしれないから、差し上げますよ」
「妹ちゃん危機意識なさすぎ!お願いだからそれの価値分かって!?争奪戦で戦争が起こるんだよ?たぶん賢者の石ってやつだよそれ?!」
「そうなんですか?……でも、妹さんの命には代えられないですよね?」
同僚さんが呆然とする。今のうちにと思ってその手に私は、賢者の石らしきものを握らせた。
「妹さん、良くなるといいですね?同僚さん」
「……アルベルトです」
「え?」
同僚さんが、なぜかボロボロ涙をこぼしている。どこに泣かせるような要素があったのか、気が付かないうちに悪役令嬢的な台詞を言ってしまったのだろうか。私は少々混乱した。
「俺の名前。とりあえず、これはお返しします。こんな恩受けてもさすがに返すことができないから」
「お前……名前あったのか」
「ありますよ!任務の都合で誰にも名乗っていないだけで」
なんだか、同僚さんは名前まで極秘だったらしい。呼んでもいいのだろうか?これからも、コードネームは同僚さんが良いだろうか。それとも、兄と私しかいないときなら本名で呼んでもいいのだろうか。
「そうですか。じゃあ、とりあえずミルフェルト様のところに行きましょう?なんとかしてくれると思いますから」
そう私が言ったとたん、さっき兄と同僚さん改めアルベルトさんが見ていた辺りに見慣れた扉が現れた。さすがミルフェルト様だ。ここまでの流れをちゃんと聞いていてくれてたらしい。
「妹ちゃんは今日も監視されている……」
同僚さんが何かつぶやいているが、ちょっと意味は分からない。それよりも大事なことがあるから問い詰めることはせず、涙のあとが乾かない同僚さんの手を引いて、私はその扉をくぐった。
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