兄と聖騎士の弟
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あれから一週間。私は平和に過ごしていた。
今日は生徒会の予定はない。世界樹の塔で修行しようか。そのあとはミルフェルト様に会いにいこうか。
授業が終わりウキウキと荷物をまとめる私。クラスメートたちは、いつも遠巻きに見てくるばかりで、フローラとライアス様、たまにマルクくんくらいしか側にはこない。
嫌われてはいないと思うのだけど、もう少し打ち解けられないものかしら?
――――かと言って、自分から話しかけるなんて私にはあまりに高いハードルだ。
帰り際のざわめきが、その時一際大きくなった。
何があったのかと教室の入り口を見ると、いかにも貴族の笑みといったよそ行きの顔のトア様が手招きしている。
……誰かと待ち合わせかしら?
そうぼんやりと考えていると、少しだけ笑顔を強張らせたトア様が、私のそばにツカツカと近づいてくる。
「リアナ様、大変申し訳ないのですが火急の用事がありますので、来てはいただけないでしょうか?」
なんとなく、そういう喋り方はしないのだと思っていたトア様の言葉。ディオ様の前だったから砕けていたのね?
慌てて私も、公爵令嬢の仮面を被り優雅に微笑んだ。久しぶりなのだけれど、ちゃんとできているよね?
「まあ、光栄ですわ。ベルクール公爵令息様」
「……トアとお呼びください」
「…………?トア様」
教室のざわめきは最高潮だ。
「ああ、もうっ」
トア様が私の手を掴み教室から連れ出す。
空き教室は、文化祭の日、ディオ様と夕陽を見たあの教室だった。
「しかし、目立ちますね。リアナ様は何をしても。呼び出すだけでこれだけ注目されるなんて」
「……?目立つのはトア様の方では」
「あ―。こういう人だったな。兄上も苦労する」
ディオ様の件で来たのだろうか?
まさか『お前如きが兄上に近づくな』とかですか?
(えっ、それいい……)
私がキラキラした瞳で見ていることに気づいてか、気づかないでか、トア様は小さなため息をこぼした。
「今日声をかけたのは、あなたの兄上のことですよ」
「フリードお兄様が何か?」
なんだか嫌な予感がする。私はいったい先日、兄に何を口走っただろうか。
「なんなんですか、あの人!急にベルクール公爵の王都の屋敷に押しかけて、修行だと連れ出されたんですけど?」
「あっ……」
私はことの次第を即座に理解した。
兄の暴走だ。
「兄さんまで、頑張ってこいよっていう目で見るだけだし、修行って本当に命懸けのやつだし……」
「あの、私がトア様を助けて欲しいって言ってしまったから」
「――え?助けられないといけないことがありましたか?むしろ助けただけだと思うんですが?」
乙女ゲームのことなんて、説明しても信じてもらえないだろう。ましてや魔王になるかもしれないなんて。
「……ああ、でもフリード様は俺の魔力を見ても眉一つ動かしませんでしたね」
「……お兄様ですからね。兄の修行に付き合わされた結果、ランドルフ先輩も卒業後すぐに騎士団長候補になりました」
「……俺でも兄上に、勝てますか」
勝てるかというと、少し微妙かもしれない。ディオ様は特別だ。
それでも、魔王にもなることができるトア様のスペックで兄の修行を乗り越えたら。
「勝てないとは言い切れないですね?」
「――っ。そうですか」
俯いたまま、トア様はつぶやいた。
多分ずっと、トア様は聖騎士である兄と比べられて来たのだろう。生まれ持った魔法が闇属性であることから、全力を出すことも叶わずに。
「仕方がないので、フリード様にしばらく付き合います。よろしくと伝えておいてください」
こうして兄の弟子は、また一人増えたのだった。兄は、騎士団長の次にいったい何を生み出すのだろうか。
(個人的には暗黒騎士をお願いしたいです)
私は楽しい将来を想像して、少しほくそ笑んだ。
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