兄はフラグを回収する
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新学期が始まり、比較的穏やかな毎日が過ぎていた。ただ、あの日から三日に一回は顔を合わせるようにしてくれていた兄が、再び帰って来なくなった。
あれからもう、一週間だ。
もうすぐ、武闘会のため準備も進めないといけないのに、兄のことが気になってそれどころではない。
「お兄様……今度は、どこで何をしているんですか」
長期間の修行に行く時は、必ず場所と期間を申告してくれる約束をした。
兄は約束したことは必ず守る人だ。そこは信頼しているし尊敬してくれる。
だからこそ、連絡もなく帰って来ないことが心配でたまらない。
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ミルフェルト様が「フリードは、どうせまた無茶してるんだろうね?でも、今のところ生きていることだけはわかるよ」と、言っていたので最悪の結果を想像しなくてすんでいるけれど……。
「今のところって!」
ダメだ!やっぱり兄を探しに行かなくては。
兄はきっと、普段ばら撒きまくっているフラグを回収してしまったに違いない。
騎士団にも連絡がないと、ディオ様とランドルフ先輩が言っていた。あの真面目な兄が、連絡もできないなんて相当なことだ。
胸に下げた世界樹の雫と塔の地下への鍵が入った袋を握りしめると一つの覚悟を決める。
私は極秘資料管理室を訪れることにした。
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聖女として極秘資料室に先触れを出すと、入室許可はすぐに降りた。
騎士団にいる時には、兄にお弁当を持っていくこともあるため、同じ感覚で行ってもいいか聞いてみたことがある。
すると「本当にうちの部署ヤバいから、リアナみたいなのが足を踏み入れたら、骨の髄まで情報を搾り取られる未来しか浮かばない」と普段なら私が来るのを二つ返事で喜ぶ兄が全力で拒否してきた。
兄がそんなことを言うなんてありえないことだ。
だから今まで、訪れることを避けていたのだが、そうも言っていられない。
深呼吸をして、扉を叩こうとした瞬間、赤毛にモスグリーンの瞳をした優しそうな男性に待ったをかけられた。
「もしかして、フリードの妹さん?」
「……同僚の方ですか?いつも兄がお世話になっています」
「そっか、フリードが帰って来ないから心配してここまで来たのかな?でも、ちょっとその中に入るのは待ったほうがいい。俺もフリードに頼まれている手前、中に入れるわけには行かないし」
兄は帰って来ないくせに先手を打っていたようだ。
仕方がない。泣き落としだろうと、とっておきの情報と交換だろうと、なんとしても兄の行き先を手に入れる覚悟が私にもある。
「……お兄様がどこにいるか、ご存知ですか?」
「……うーん。本当にフリードが扱う案件は極秘なんだよ。でも、もうすぐ帰ってくると思うけど?」
どうあっても、教えてくれそうもないたぶん兄の同僚さん。こうなったら、とっておきの情報を流してやる!
「……わかりました。国中がお祭り騒ぎになるレベルの情報と、国が滅ぶかもしれないレベルの情報どちらを知りたいですか?」
「――――怖っ!聖女の持ってる情報怖っ!!いや、どっちも知ったら最後、色々とヤバいやつだよね?!」
「知り合いは私の持つ情報のせいで、卒後すぐに騎士団長候補になりましたね」
「それ聞いたら誰だか分かってしまうけど、気の毒すぎないかその人?!やっぱり、巻き込み具合がフリードの妹って感じだな!?」
兄はやっぱり、周囲を巻き込みながら、フラグ立てまくりながら働いているらしい。
「……で、どっちの情報流したら、兄の居場所を教えてくれるんですか?それとも王家が必死になって守っている秘密の方が良いですか?」
「はー。あとでフリードに追い詰められるほうがマシか。……フリードはな?」
その瞬間、周囲に激しい突風が吹き荒れた。
室内なのに、でもこの魔力は。
「お兄様!!」
振り返ると、冷たい目を同僚さんに向けた兄が立っていた。
駆け寄って思いっきり兄に抱きつく。
でも、鉄っぽい香りがして違和感が強くなる。
「……お兄様、怪我しているんですか?」
よく見れば、いつも清潔感に溢れる兄の装いはボロボロだった。
それに、抱きついた私の手のひらに、ぬるりと湿った感触がある。
私は黙って、回復魔法を発動した。
兄はやっぱり、危険なことをしている。
現場は押さえたから、もう言い逃れさせない。
でも、その前に。
「おかえりなさい。お兄様、心配しました」
「ああ、ただいま?リアナ」
兄の微笑みに私はやっと安心した。
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