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権力争いと破滅ルート


 ベルクール公爵家の図書室には、まだ扉があった。


 私とディオ様は、扉をくぐる。そこはいつもの笑顔のミルフェルト様が待っていた。


「おかえり。無事帰ってきてくれてうれしいよ。こんな時期にドラゴンが大発生したのを見るのは初めてだったから。あとでボクに話を聞かせてよね?」


 乙女ゲームの様々なルートを進む世界とつながっていたミルフェルト様が言うのだから、やはり隠しイベントで間違いなかったのだろうと思う。

 親愛パラメーターの件については兄妹愛や仲間との友情でも上がるのかもしれないと私は納得することにした。


「ミルフェルト様……はい、もちろんあとで聞いてほしいです」


 たぶん、ミルフェルト様と言えどもそんなにたくさんの扉を設置できないことはわかっている。普通に考えて、任意の個所に移動できる魔法なんて聞いたこともないし、ミルフェルト様の負担になることもわかっているつもりだ。


 それでも今回はいやな予感がぬぐえずにミルフェルト様に頼ってしまった。


「その顔。ボクはもっとキミに頼ってもらいたいって思ってるくらいなんだけど?」


「あまり頼り切りたくないです」


「えぇ……ひどくないリアナ?そこは顔を赤くするとかさ」


 ミルフェルト様はいつもの表情で、軽い感じにしゃべっている。

 以前見えていた蔦なんて全く見えない。一見すると、いつものミルフェルト様だ。


 でも、いつも自分の負担を表に出すことはしない人だって私は確信してしまったから、油断はできないしその言葉を鵜呑みにすることはできない。


「――――リアナ、おかえり。それとディオ、困難な任務達成さすがだな。だが、そろそろリアナとつないだ手を離せ」


 そして、先ほどからミルフェルト様の後ろに立って控えている兄の雰囲気が……。


 今回も待っていてくれたんですね?それについてはうれしいですけど。


 でも、この雰囲気は本当に怒っている時のそれだ。


「ディオがいるから大丈夫とは思っていたけど、生きた心地がしなかった」


「お兄様……」


「リアナはすぐに一番危険な場所に飛び込んで行ってしまうから」


 そのまま、ギュウッと抱きしめられる。


「――――お願いだから、俺を置いていかないで。たしかにディオみたいに強くないけど」


「王国騎士団でも上位の人がなにいっているんですか。お兄様の事、頼りに……してるんですよ?」


「ああ、頼りにしてもらえるように精進する」


 これはマズイ!

 兄はどうも自分の無力さに対して怒っていたようだ。

 無力だったことなんて一度もなくて、本当に頼りになるのに。

 このままでは、兄はまたブラックなお仕事の合間に、無茶な修行を始めてしまいそうだ。


「おっお兄様!修行なんてしてないで、仕事が終わったらそばにいてくれないと嫌です!」


「リアナが望むなら」


 そう答えた兄が、私を見つめて微笑む。

 でもたぶん、今回は説得に失敗した。

 この顔をしている兄は、自分が納得するまで努力することを絶対にやめない。


「……そういえば、騎士団員たちは今回どうだったんだ。ディオ、お前が苦戦したくらいだから、やはり対複数のドラゴンでは厳しかったか?」


「まあ……それこそフリードが一緒にいてくれたら戦況は違ったんだけどね。指揮官が集中的に狙われて、あとはリアナが来てくれるまで戦線は崩れたままだった」


「それじゃあ、ほとんどディオ以外は役に立たなかったということか。指揮官がいなくても、戦線が維持できるようにもっと個別の訓練が必要そうだな」


「ああ……。その件も含めて陛下に報告があるから、そろそろ俺は失礼するよ。またね?リアナ。そして今回のご助力に感謝しますミルフェルト様」


「まあ、ディオのことも気に入ってるから。気にしないでいいよ」


 ミルフェルト様に一礼したディオ様は私に微笑みかけると、去っていった。


 ところで兄の表情、なんだか本気でやる時の父に似てきましたね。


 家にいる時の父はやさしいから、あまり感じないけれど。人の心がわからない氷の公爵って父が呼ばれているって、今の私は知っている。


 兄が騎士団に所属しているのも、どちらかというと参謀としての能力を請われてだから。


 でも、騎士団で兄にかなう人は最近ディオ様と、現騎士団長をしているランドルフ先輩の祖父しかいないらしい。来年ランドルフ先輩が入団するまではその均衡は崩れないだろう。


 そんな兄の騎士団での発言力は増すばかり。


(やっぱり、悪役令嬢の家族は根が悪役向きなのだろうか)


 王家の国庫を管理している財務大臣のような役割の父。


 騎士団での影響力を増しながら、極秘文書管理官として貴族たちの弱みを握る兄。


 そして王太子の婚約者にはならなかったが、聖女候補ではなく聖女に選ばれてしまった私。


 あれ、ディルフィール公爵家に権力が集中しすぎていないか?


 ベルクール公爵家にはディオ様がいるけれど、そのほかの貴族たちにとっては……。


 兄はゲームの中では宰相候補だった。そして、リアナは聖女候補で王太子の婚約者。

 しかも、ベルクール公爵家はディオ様を失っていて後継は聖騎士になれるほどの実力がおそらくない。


 どうして18歳で断罪されるリアナに、そこまで重い罪をかぶせるのだとゲームをしていて不思議に思ったことがあったけれど、たしかにほかの貴族たちにとっては格好の不祥事だったのだろう。


 たぶん、悪役令嬢リアナの破滅エンドにはそういった情勢が大きく関わっていたのだろう。


 そして、ハッピーエンドルートでさえ妹を失い悲しみの底に沈んでいた兄。

 その他のルートでは妹の断罪ルートに巻き込まれて不憫な結末ばかり、死にやすい攻略対象者不動の一位の兄。


 一瞬乙女ゲームの権力争いの闇を見てしまった気がした。兄を助けなければ。


「やっぱり、お兄様。頑張ってほかの貴族たちの弱みを握ってください」


「――――え?聖女の力を使ってこの国の頂点にでも立つつもりかリアナ?」


「お兄様を守るためなら仕方ないと思います」


「え……また俺がどうにかなってしまうことが前提なのか?!毎回なんなんだよ」


 私は自分だけでなく兄を運命から救うことを再度心に誓った。

最後までご覧いただきありがとうございました。


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