聖女は駆け付ける
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劇の上映が終わったとたん、観客の間をかいくぐって私は走り出した。
ディオ様は強いからきっと大丈夫。
でも、本当に絶対大丈夫なんて言える?
言えないことを私は知っている。絶対大丈夫なんてどこにも存在しないことを。
呪いの蔦に蝕まれたディオ様が倒れ込む場面が昨日のことのように脳裏に浮かんだ。
「ミルフェルト様!」
私は、学園の図書館の禁書庫へ飛び込んだ。
「おやおや、これはまた凛々しいね。そろそろ来るんじゃないかと思っていたけど」
「ミルフェルト様、どの図書館でも扉出せるんですよね?」
「そうだよ。リアナの頼みなら、どこへでも」
「――――ディオ様を助けに行きたいです」
ミルフェルト様が、ツインテールを揺らして紫の魔方陣を出す。
「ほら、行っておいで?でも、見つからないようにね?……報告待ってるから」
新たに現れた扉、そこを潜ると一度訪れたことのある図書室だった。
(ベルクール公爵家の図書室、ディオ様のご実家の……)
さすがに、屋敷にいる人に見つかったらディルフィール公爵家の令嬢としてかなりまずい。
仕方がないので、窓から抜け出すことにした。幸いなことに図書室は二階にあるようだ。
身体強化をすれば、降りることもできるだろう。
ディオ様の領地にドラゴンが出たという話は聞いていた。
聖騎士としてだけではなく、公爵家を継ぐものとしても、ドラゴンを倒してくる必要があると言っていた。
「秒で倒してくるので、一週間で戻りますよ」
遠征に出かけるときにディオ様は笑ってそう言っていたけれど……。
でも、もうあれから一週間経った。確かに往復には五日かかるけど、ディオ様にしては遅い。
ベルクール公爵家の領地は広い。それでも、ドラゴンがどこにいるか早く探さなくては。
「おい、お前こんな時に単独で何をしている」
「え?」
「その騎士服、王都の騎士団の団員だろう?早くこちらに来い!」
庭に飛び降りて、屋敷の外に出た時に人に見つかってしまった。
しかし、騎士団の関係者だったらしい、そういえば今私は、王都騎士団が着用する紺色の制服を着用しているのだった。
「迷ってしまって。これからドラゴン退治への任務のため合流しようとしていたのですが」
「ああ、とにかく数が多く、聖騎士殿が次々倒しておられるが苦戦を強いられている。王都から王太子殿下も向かっているそうだが、まだ二、三日はかかるだろう」
私は、運よく騎士団に紛れてドラゴン討伐の現場に向かえることになった。
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現場は騒然としていた。指揮系統が完全に乱れてしまっている。
「今回の竜は上位竜が多く、理性がある。一番初めに指揮官たちが狙われたんだ」
「…………何しているんですか。こんなばらばらに戦っても勝てませんよ?」
「お前、何を言って」
「聖女リアナの名のもとに、指揮権移譲を命じます。まずは、私の魔法が届く範囲内で隊列を組んで」
私は金色の魔力を纏って、周囲の騎士たちに身体強化をかける。自分にもかけるが、魔力残量を考えれば私の分まで全力というのは無理だろう。
せめて、少しでもディオ様の力になりたい。それに、王国の民としてこの国を守りたい。
「聖女が来てくれた!俺たちは勝つぞ!」
「聖女リアナ!」
「実物の聖女リアナ。隠れファンクラブとして命を懸ける!」
またしても、最後の方に何か聞こえた気がしたが、とりあえず今はスルーしよう。
怪我をしている人たちも、回復していく。大丈夫、最近は魔力を増やすための訓練を優先的に行っていたのだから。
ただ一つ、指揮官が優先的に狙われたということは気にかかる。おそらくこのままいけば、私が集中的に狙われるのだろう。
それでも、この状況で自分だけ引くという選択肢はないよね。
それにしても、ドラゴンがこんなに大量発生するって……なにかの隠しイベントだろうか。
――――そうだ、全キャラとの親愛パラメーターが最高になると起こる隠しイベントがあった。
親愛パラメーターが最高になっているかという部分は謎だけれど、それに違いない。
そう、二年生の秋に起こるはず……。
攻略サイトに書かれていたけれど、実際のところこの時期に全キャラと親愛パラメーターが最高になるとか不可能で、情報の真偽は謎のままだったけど。
(来た!一体こっちに向かってくる)
騎士たちが私を守ろうとしてくれているが、ドラゴンのブレスや風圧で吹き飛ばされる。
兄やディオ様、ライアス様たちが強すぎるから、感覚がマヒしているけれど、一流の騎士たちでもドラゴンの前では無力なのだ。
「やるしかない……」
私は愛剣に手をかけた。大丈夫、実戦経験は少ないけれどここで負けたりしない。
「――――リアナ!」
そう覚悟を決めた直後、目の前に、白い騎士服に対称的な黒い髪の美しい騎士が立っていた。
その足元に倒れていくドラゴン。
(本当に……秒で倒した)
「なんでここに。いや、今はそんなこと言っている場合じゃないか。まだ、強化魔法はかけられますか?」
「まだ、余裕があります」
魔力は減っているけれど、目の前に立ったディオ様なら必ず守ってくれるだろう。だから、私は自分の強化魔法を解いてすべてディオ様にかける。
「……また、身体強化の効力が上がっている。これなら!」
そこからは早かった。ディオ様は次々とドラゴンを倒していく。
いや、これは強化がどうこうじゃなくて、無双状態というやつじゃないだろうか。
世界征服余裕でできてしまうんじゃないだろうか。
ディオ様無双を見ていた騎士たちの士気が上がる。
そうして、半日ほどですべてのドラゴンは地に落ちた。
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ディオ様が、聖騎士の服を赤く染めてこちらへと振り返る。
「ディオ様!無事でよかったです!」
思わず私はディオ様に駆け寄って抱き着いてしまったが、そっと押しのけられる。
「ディオ様……ごめんなさい、嫌でした?」
「違っ、嫌なはずなんて!……汚れてしまうから」
でも、今日の私はドレスではない。紺色の騎士服を着ている。しかも私もかなり汚れている。
であれば、汚れても特に問題ないのでは。
そう言っても、さっきは感極まって抱き着いてしまっただけなので、もう一度抱き着くかと言われると、とても出来そうにはない。
「ところでその恰好、急に現れたのもなぜなのか説明してくれますか」
「文化祭の出し物で劇をしたんです。ライアス様がこちらに向かってしまったため、急きょ王子様役をすることになりまして。あと、ミルフェルト様にベルクール公爵家の図書室まで送ってもらいました」
「……あなたという人は。いや、でも助けられたな。ドラゴンは倒せても、このままでは騎士たちの被害が増える一方だっただろうから」
ドラゴンの血を浴びていても、なぜかディオ様は清廉な印象のままだ。
聖騎士としての表情を崩し、笑うディオ様。
「会いたいと思うと、いつも現れるね。リアナは」
「会いたかったん……ですか」
「正確に言うと、会いたいと思わない瞬間なんてないけど」
「え?!」
ディオ様は、そのまま私を抱きしめてきた。
「あの、汚れるからって言いませんでしたか?」
「よく見たら、リアナもドラゴンの血液で汚れてる。紺だったから目立たなかったんだね。なら……構わないよね?」
構います!
平常心で抱き着かれたら、それはとても……。
それに、周囲の騎士たちがドラゴン解体しながらこちらをちらちら見てますよ!
「愛しいリアナ。いつもあなたには救われてばかりだ。俺には何ができるんだろう」
「……ディオ様がいるだけで救われてます」
「それじゃ、俺の気はすまないけど……」
手袋を外すと、いつか口づけを落とした私の頬にそっと触れるディオ様の手。
「リアナに命の危険が訪れた時には、必ず俺が助けに行くから」
あれ?なんだか違和感を感じる。
頬につけられた、聖騎士の祝福……。
さっき、絶妙なタイミングで駆け付けたディオ様。
「あ……あの、先日のほっぺにキスしたあれって」
「ああ、気づいてしまった?愛しい人が命の危機にさらされたときに、必ず傍にいるという聖騎士がたった一人だけに使える魔法だよ?」
――――なにそのピーキーな使いどころ限定すぎる魔法。そんなのゲーム内に存在しなかったけど?
いや、聖騎士自体が存在してなかったけど?
「あの、一人だけって……」
「そう、生涯一人だけ、愛しい人を守るための聖騎士の最上位魔法」
いつのまに、最上位魔法身に着けているんですか!いよいよレベルカンストしたんですか?
いや、聖騎士ってぶっ壊れ性能ですけど、その最上位魔法のわりにピーキーすぎませんか?!
もっと他に、広範囲殲滅魔法とか、強化魔法の最上位版とかそういうのないんですか?
次々と疑問が浮かんでは消えていく。でも、一番気にするべきはきっとその部分ではない。
「あの……その魔法、キャンセルって」
「できるわけないでしょう。それに、リアナ以外に使う人間なんていないから」
「そ、そんなもったいない!」
「リアナのためだけに覚えた魔法だから」
そう言って、今日も私の前で天使のように微笑むディオ様。
白い騎士服を所々朱に染めて、微笑むその姿はあまりに無垢で、それなのにどこか背徳感満載で。
(こんなのスチルなんてなくても、瞳に焼き付いてしまって忘れられるわけがない)
「愛しいリアナ。あなたを守るために俺のすべてを捧げます」
まるで、魔法を重ね掛けするかのように、ディオ様の唇が私の手の甲に、そっと触れた。
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