物語のはじまり
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あくる朝、早速ミルフェルト様のもとに行くことにした。
ちなみに兄は結局、帰ってこなかった。多分またそのまま仕事するのだろう。今回は私が原因としても、兄の働きすぎが心配だ。
「ミルフェルト様!」
「いらっしゃい?リアナ」
いつものように出迎えてくれる、ミルフェルト様。
「それで、昨日はどこに行ってたの?フリードがすごい焦りながら飛び込んできたよ?」
「えっ、お兄様が?」
ミルフェルト様は、口元を押さえて笑いを堪えているようだ。
「ふふっ。フリードがあんなに焦っているところなんて、かなり貴重なんじゃない?いや、リアナのせいで最近はいつもあんな感じか」
兄は私が消えてしまった連絡を受けて、ミルフェルト様にも相談に来たらしい。
「世界樹の塔で突然消えるなんて、まあだいたい当たりはつくけど。……それで何かあった?」
「ミルフェルト様にそっくりな男性と女性の姿絵がありました。あと、この世界にはない仕組みの明かりも」
ミルフェルト様が、テーブルの上に頬杖をついた。
「それで、何が聞きたいの?キミにはもう、隠し事はしないと決めてるから、なんでも聞いて?」
「……ミルフェルト様の制約に、影響が出る質問は何ですか」
その瞬間から、ミルフェルト様は頬杖を下ろして私を真剣に見つめてきた。
「――――予想外なんだけど。もっと聞くことがあるんじゃないの?」
たしかに、呪いを解くためにミルフェルト様に聞かなければいけないのかも知れない。
でも、そのせいでミルフェルト様が、ますます制約に縛られていくなんて絶対嫌だった。
「答えるって言っちゃったからなぁ。こういう時に契約って厄介だよ……。とりあえず、世界樹と呪い、ボクの出生に関しては、喋らないのが制約だけど」
やっぱり、私が聞きたいようなことは全てミルフェルト様の負担になるらしい。それなら。
「それなら聞かないって思ってる?」
「……ミルフェルト様?」
「だめだよ。ちゃんと呪いを解かないとキミまでここにいるハメになる。それに、ボクは今のところ何ともないからね?」
ミルフェルト様は、多分嘘が言えない。私が聞いたら真実を答えてくれるだろう。
「……仕方ないなぁ。ボクが自分から語れることはあまりないんだよね。まあ、ボクの家族の話でもしようか?」
私は慌てて顔を上げる。
「何その顔。ただ、家族の話をするだけだよ。当たり前の会話だよ?」
「で、でも……」
ミルフェルト様に、何か悪いことが起こったら。そう思うと恐ろしく、体が小さく震える。
「そうだね。父と母は、愛しあっていた。それは間違いない」
竜と人間が愛し合うと言うことは、とても不思議に思えた。その表情が表に現れてしまっていたのか、ミルフェルト様が苦笑しながら口を開く。
「あのね。古の竜って言っても比喩だから。ちゃんと父は人の子だよ?まあ、生まれた世界が違うから厳密には種族は違うんだろうけど」
「えっ、じゃあやっぱり、あの黒髪の人がお父様なんですか?」
「――――そうだよ?」
ミルフェルト様が、形の良い眉を少しだけ寄せた。
あれ?これはもしかして、聞いてはいけない類でも特大のやつを踏み抜いたのでは?
「あっ、あのっ」
私は本当に単純で浅慮だ。どうして、ミルフェルト様は、そんな私を誘導するようなことを言ったのか。
「落ち着いて、リアナ?大丈夫だから」
おそらくいつも見ているのは、ミルフェルト様の本当の表情ではない。私はそれをよく知っていたつもりなのに。
ミルフェルト様が、表情を思わず変えるなんて、たぶん只事じゃないのに。
「――――はあ。リアナは何故、普段は鈍感で大事なことにも気がつかないのに、こう言う時だけ察しがいいんだろうね?それともボクがまだまだなのかな?」
「も、もうやめましょう。ミルフェルト様」
眉根を寄せたミルフェルト様。何だか顔色まで悪い気がする。
「どうせ気づかれたんだ。もう少しだけ……ボクの父は、多分キミと同じ世界から来た。ただし、体も心もそのままに」
ザワリと呪いの蔦がざわめく音がした気がした。でも、それはいつも聞こえる私の胸の中ではなくて。
「ミルフェルト様……それ?」
「……隠し通せないか。だから聖女は嫌なんだよ。ごめん、リアナ。今見たことは忘れてくれないかな?」
ミルフェルト様の小さな手から、紫色の魔法陣が浮かぶ。
「わ、忘れたくないです!」
「あまり困らせないでくれる?」
ミルフェルト様が抱えてきた苦しみとか、辛さとかやっと今、その一端に触れることができたのに。
魔法陣が私の体に吸い込まれる。それと同時に私の思考に霞がかかっていくようだ。
……忘れてしまう?
……いいえ、私はもう、大切な人たちのことを何ひとつ忘れない。
七色の光、七色の瞳。
ミルフェルト様を絶望させない。私も絶望なんてしてやらない。
「リアナって、何で自分のためだけにその力を全部使わないのさ……。それだけの力、使い切れば、キミの呪いだけなら何とでもなるだろうに」
そうなのかも知れない。でも、自分のために全ての力を使い切るなんて私にはできそうもない。
「私だけ助かっても、根本的な呪いを解かなければ、ずっと繰り返すだけです。……そうですよね?」
「あーあ。結構本気で忘却の魔法使ったのに、弾いちゃうなんて」
ミルフェルト様と、目が合った。初めて真正面から見つめあった気がする。
「本当にバカなリアナ」
いつも諦めたように、どこか冷たく覚めているようなミルフェルト様の瞳は、大切な何かを決意した人の瞳へと、変わっていた。
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