兄は休まない
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翌朝、目が覚めて廊下に出ると、兄がいつもの鍛錬を行っているのが見えた。真剣な表情がここからでも見える。今日も兄と目が合った。少しだけ鍛錬の手を休めた兄が微笑んでくれる。
文官としての道を進むはずだった兄のゲーム内での設定は、魔法も使えて剣も強く知力も高いのでミニゲームも戦闘もこなすオールマイティなものだった。
逆に言えば、ライアス様やランドルフ先輩と比べると、戦う能力だけなら少し劣っていたように思う。
それでも、そんな設定は兄の努力の前には消し飛んでしまう。ディオ様を例外にすれば、きっと兄は一番強いと私は確信している。
兄がどこまでも努力する姿には、非常に胸が高鳴って困る。これは心臓に絡みついた蔦のせいなのだろうか。
「お兄様、休暇だって言ったのに」
「こういうのは毎日続けないと意味がないから」
今日もタオルを差し出す。あんなに夜遅く帰ってきても毎日続けているのか。やっぱり、睡眠時間足りないんじゃないかな、これ?
「リアナ……こそ、無茶してるって聞いてる。ミルフェルト様との件も」
「え?どこ情報ですか、それ」
しかし、前回フローラと神殿の隠しステージに突入しようとしたのは、少し無謀だったかもしれない。
ディオ様と一緒に戦った感触では、最初のステージの魔獣ですら、私一人で倒すのは少し骨が折れそうだった。
突撃してしまうフローラを制御しながら進むのは、無謀だったと冷静になった今なら思う。
「なんとしてもリアナを助けたいからって、少し忙しくしすぎたな。反省してる」
「お兄様……」
うれしいです。少し休む気になってくれたんですか?朝から晩まで働いて、さらに鍛錬をかかさないって、ちょっと他人に理解されないほどの努力だってやっとわかってくれましたか?
「これからは、仕事をもっと効率よくして、できる限り今のリアナの安全にも力を尽くそう」
「へ……」
「18歳にばかり気をとられていると、俺の努力家の妹はすぐに危険に飛び込んでしまうから」
「これ以上、お兄様の負担を増やしたくないです」
それは、失言だったようだ。眉をよせた兄が急に鋭い目ででこちらを見た。
(もしかして――――嫌われてしまうのかな)
そのまま、一歩進んでくる兄。私は少し身構えてしまう。
「リアナはわかっていない」
「お兄様……」
「リアナだけが、今の俺を支えてくれているのに。負担になんてなっているはずがない」
どういうことなのだろうか、さっきまで鋭い目だと思ったのに、今の兄は放っておけない不安そうな瞳が揺れていて。
「リアナ、何かあったら俺に頼れと言ってるだろ?」
「私は嬉しいですけど……そのために無理しませんか」
「――――頼って欲しい」
なんだか久しぶりに兄に抱きしめられてしまった。やっぱり、兄の腕の中は安全なのだとひどく安心してしまう場所だった。
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