兄の休暇をもぎ取ったはずなのに
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兄を神殿に誘いたいのだが、毎日帰りが遅い。それでも日に一度は、公爵家に帰ってきて私に「ただいま」と言ってくれる。そんな兄が好きだ。
しかし、兄は眠る時間を確保出来ているのか疑惑が、私の中で再び浮上していた。
「お兄様!」
今日の兄は、文官の裾の長いフロックコート風の制服を着用している。スタイルが良く知的で爽やかな兄にはとてもよく似合う。私はその姿にしばし見とれてしまった。
白い手袋を外す姿さえ一枚の絵のようだ。このカッコ良さ、同担と共有したい。ここにかっこいい文官がいますよー!
「リアナ?何か困ったことでもあるのか?」
「はい。困ったことならあります!お兄様にしか解決できません」
「そ、そうか。一体何があった?」
なんとなく兄が嬉しそうだ。妹に頼られるのは、やはり兄としては嬉しいことなのかもしれない。
「お兄様のお休みが全然なくて困ってます」
「うん?」
「お兄様と一緒に過ごしたいです」
「え?……俺だってリアナと過ごしたいけど」
極秘文書管理官と騎士団なんて、ありえないほど忙しい二つの場所を掛け持ちしている兄が、休めないことはわかってる。だが、今日の私には秘策があるのだ。
「お兄様、これを見てくださいませんか?」
「あ、ああ。――――は?これ、何で陛下がサインしているんだよ?え、俺の……休暇届、だと?」
「はい!王命ですのでお休みですね?」
兄は暫し呆然と私のことを見つめていた。一分近くそのまま固まっていたが、ようやく口を開く。
「いや、でも極秘文書管理室と騎士団に残してきた仕事が……な?」
「大丈夫です!騎士団へは団長候補の研修としてランドルフ様、極秘文書管理室へは王弟としての監査のためにレイド先生が派遣されました!」
口を再び閉じてしまった兄は、整えられていた髪の毛を手で乱すとまた呆然としてしまった。
「は?理解が追いつかないんだけど。なんで侯爵家や王族巻き込んでるんだよ、リアナ」
「お兄様の命を守るためです。皆さん喜んで協力してくれましたよ?」
ライアス様も、ランドルフ先輩も、レイド先生もみんな兄が過労で倒れるのではないかと心配していた。相談したところ、快く協力してくれたのだ。みんないい人すぎる。
というより愛されてますね、兄!
「……俺の命?何で最近俺が死ぬのが前提なんだ。新たな呪いでも流行ってるのか?」
「……私も学校休みです。休みの間ずーっと一緒に過ごしましょう?」
「え?なに、何の褒美なんだこれ?」
何だか兄の言動がおかしい。まあ、そこはいつものことなので気にしないことにする。ここからが本題なのだ。
「私、ディオ様とライアス様と一緒に神殿の奥にある場所で鍛えることにしたんです。良かったらお兄様も一緒に来てください」
「え?休暇って、それ休暇って言うのか?」
「ご安心ください。対外的には、兄は極秘任務でいない事になっています!だから……」
「なるほど」
だから、仕事のことは心配せずに、時々私と鍛えながら、兄にはゆっくり過ごして欲しいです。
しかし段々と兄の目が真剣なものになってきた。あれ?何だか私、また何か失敗したかもしれない。
「俺がまだまだ強くなる機会をくれるんだな?ありがとうリアナ。この命をかけて応えるよ。そしてリアナを守ってみせる」
「え?お兄様……休暇、ですよ?それに命はかけないで欲しいです」
(あれ?兄の雰囲気が、本気スイッチが入った時のそれに変わってしまった?)
私は、ただ兄に休暇を取って過労にならないようにしたかっただけなのに。これ逆に兄は過労になるのでは?
私は、兄がどこまでも、他人に理解されないレベルで努力家であることを忘れていたのだった。私たちのレベルを急激に上げる、熱いブートキャンプが始まる鐘の音が聞こえてきた気がした。
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