世界樹と呪いと観察者
ミルフェルト様の秘密です
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ディオ様に手を引かれて入ったのは、神殿の図書室だった。神殿の図書室に見慣れた扉。開ければそこには、いつものアイスブルーのツインテールの幼女。
「ミルフェルト様……」
「やあ、リアナいらっしゃい?おやおや、またディオは無茶してたみたいだね?ふふ、よく生きてるね?」
「俺は良いんですよ。まだ生きているのが寧ろ不思議なくらいですから」
「ま、ある意味事実だね?ボクの知る限り、ディオは必ず18歳でいなくなったもの。でも、なんでそんなイラついてるのさ。キミらしくないよ?焦っているんだね」
現実を突きつけられれば、ズキズキと胸が痛む。
ディオ様の顔が見られない。
「そうですね……。先程はすみませんでしたリアナ」
いえ、先程のことについてはご褒美に近いものがありました。一生忘れません。心臓止まるかと思ったけど。
「あの……ミルフェルト様。私……」
「キミが、今までここに来たことがなくて良かった」
ミルフェルト様が、座っていた椅子から立ち上がり、私の近くまで歩いてきた。
「何度も繰り返しているキミたちと、取り残されるボク。そうだね、今日こそは、ボクの受けた王家の呪いの話をしようか」
「ミルフェルト様」
何だか泣きそうなミルフェルト様。待つのには慣れていると言っていた。
「リアナ……キミになら教えてあげるよ。ボクが古の竜と王女との間に生まれた話はしたね?」
「はい……魔法が生まれた時だと聞いたことがあります」
「うん。だけど、異種族の婚姻は禁忌だったから……王家は世界樹とともに呪われたんだよ。そして三つの呪いが紡がれた」
『春君』の中で、ライアス様と王家の呪いについては多く語られなかった。でも、呪いはなぜ蔦の形をしているのかと不思議に思っていた。
「世界樹は……呪われている?」
「そ。それを浄化するのが聖女のお仕事ってわけ。そして完全に世界樹の呪いが侵食すれば、世界は巻き戻る。完全に終わらないために」
「乙女ゲームの繰り返し……」
ミルフェルト様が、髪の毛をクルクルと弄ぶ。聞きたいことがあるのだろう。
(隠している意味もない。話してしまおう……)
「私は、ここではない世界から来たんです。7歳の時に。私の知る物語、つまりゲームの中でリアナはいつも18歳で破滅していました」
「ふーん。まあ、この世界が何らかの形でキミの世界に干渉してそのゲームとやらが出来たんだろうね?」
ゲームの中の世界ではない。むしろゲームが何らかの原因でこの世界を模していたというのだろうか。
「ボクは歳を取らない。ここで繰り返す世界を監視してる。世界樹の呪いが消える結末まで」
「ミルフェルト様」
「そのいつかを待ち続けていたんだけど……今回、初めてキミがここを訪れた」
聖女と聖騎士、学園の首席、王族しか入れないこの場所。物語の主役たちのための場所。
そこに、私が現れた。悪役令嬢という前提が覆され、聖女として。
「期待してるんだ。生まれて初めて。……今回ダメならもう良いかなと思ってしまうほどに。今までキミに出会わなくてよかったよ。キミを失えば、きっともう完全に絶望していただろうから」
ミルフェルト様の笑顔。なんだか、いつかの紫色の魔法陣が蔦とともに胸を焦がすようだ。
「出会った途端に契約なんてしちゃってさ……ボクもリアナのせいでどうかしてしまったのかな?そもそも、この話を誰かに言うのも禁忌なんだよね」
「え?」
「なんで、ボクがこんな女みたいな格好してるか知ってる?」
「え……?」
「キミみたいな人に恋に落ちたりしないようにだよ」
ミルフェルト様は…………。まさかそんな設定なのですか?!やっぱり幼女じゃないのですか?!
(――――えっ?!恋に落ちるって言いましたか?)
「ふふっ。ディオ。そんな顔しなくても……ボクはここから出られない。キミとは争えないさ」
「ミルフェルト様、あなたは」
「ふぅ。ボクが特定の誰かに興味を示さないこと、世界樹の呪いについて話さないこと。とうとう両方とも破っちゃったな。もう、他の世界とは繋がれない。リアナのいるこの世界としか。この世界が終わったら本当に一人だね」
(何を言っているんですか。だって、この場所に誰も訪れず一人なんて)
「ど、どうしてそんなことしたんですか」
そんなの死ぬより恐ろしい。恐ろしいじゃないか。
「別に。キミのいない世界に、興味が持てなくなってしまった。なんで恋に堕ちちゃいけないか、ボクにもわかってしまったな……」
「わ、私が来なければ」
「繰り返すのを眺める永く退屈な日々は辛い。でも、キミが呪いを解くって信じることにしたから、このことを話した」
私は最近どこかで諦めていた。18歳で死ぬのは仕方がないと。呪いは結局解けないのだろうと。
「ありがとう、リアナ。あとディオ」
「ミルフェルト様、なぜ俺にまで聞かせてくださったんですか」
「うーん。危なっかしいリアナを守る騎士だからね。まあ、フリードにはこのことを話しても良いよ?暴走しそうだけどそれもまた面白そう」
この呪いは、世界樹の呪いと一緒。解けなければこの世界も終わるかもしれない?ミルフェルト様もたった一人永遠に?
「ふふ。リアナの目、綺麗だね」
七色に輝いているだろう私の瞳。どこか諦めてしまった頃から、輝くことは無くなっていたのに。
「私……これから一瞬だって諦めることはしません」
「――――それでこそ、ボクのリアナだね?」
「ミルフェルト様、呪いが解けたら扉から外に出ましょう」
「――――リアナ。そうだね、それは楽しそうだ。期待しているよ」
そろそろ、ディオ様の魔力も回復しただろう。呪いに負けられない理由をまた一つ増やして、本当の意味で聖女になるために神殿のあの場所に私は挑戦することにした。




