手記と裏ルート
本日のフローラはシリアスなヒロインです。
「お邪魔します……ミルフェルト様、リアナ様」
「よく来たね?フローラ」
なぜか泣き腫らした目のフローラが扉から入ってきた。珍しく静かに扉を開けて。
「え?どこから来たのフローラ?」
「王宮の図書室から……先週、私も聖女として認定されたので」
「それは、おめでとう。でも、その目……」
私が声をかけると、大きなフローラの瞳から滝のような涙が流れた。いつも明るいフローラ。泣くなんて初めて見た。その涙を拳で拭っているが、次から次へと流れ落ちていく。
「リアナ様とフリード様が禁書庫の奥から出てこないと知った時に聖女として覚醒したんですけど、それから毎日夢を見るんです」
「え?」
「リアナ様が死ぬ夢です」
「……そう」
たぶんフローラが見る夢は、乙女ゲームのシナリオではないかと私は思う。
「あと、フリード様が、どんなに助けようとしてもすぐ死ぬか死ぬレベルでひどい目にあうんです!!」
「…………そう」
たしかに兄は、フリードルートのハッピーエンド以外では死ぬか死ぬレベルに没落する。全部、悪役令嬢リアナに巻き込まれてだ。考えれば考えるほど申し訳なさすぎる。
(今回も……巻き込みかけてしまった)
「フリード様を本気で助けようとしたら、リアナ様がひどい目にあうし……終いには、リアナ様を庇って死んじゃうし!もう、どうしたらいいんです?!」
血の気が一気に身体中から引くのを感じる。兄が悪役令嬢リアナを庇った……?
「――――っ?その終わり方、私、知らないわ!」
そういえば、『春君』フリードルートのバッドエンド……私、見てない。フリードルートのバッドエンドだけは、ゲームに存在しなかった。少なくとも誰もたどり着けなかった。
ファンの間では、フリードルートのハッピーエンド以外全てがフリード様にとってのバッドエンドだからなのだと解釈されたのだが。
竜の血石とともに『春君』の謎の一つだったのに。どうして今まで、思い出せなかったのだろうか。
いや、知っているではないか。兄に助けられた時の夢の中。倒れた兄に縋るリアナ。まさかあれは……。
「フリードルートのバッドエンド……」
(まさか、まさか!)
「あの、その終わりでは私は……」
「黒い衣装で、以前見た姿でした。そう。その時だけ、髪型が今のリアナ様と同じです。その夢でだけは、小さい頃に花冠を交換してます。私たち……」
「ディオ様は……」
「小さい頃に出会いましたよね。あの草原で」
頭が痛い。どうして、そのルートだけはクリアできてないはずなのに。どうして私は知っているの……。
記憶が巻き戻る。記憶を取り戻す7歳以前、生まれる前のものへと。その前に私は日本で死んだと思っていたのに。その間にもう一つ……記憶が、ある?
「日本語で書かれていたリアナの……手記!」
黙って聞いていたミルフェルト様が口を開く。
「なるほど、不思議なことが起こるよね。でもさ、フローラは何回もボクのところに来ていたの覚えてる?」
「ミルフェルト様……夢のことなのになんで知っているんですか」
「……この禁書庫は、切り離された時間の中にあるからね。それに、それたぶんただの夢じゃない。忘れていた記憶だよ。……まあ、こんなにしょっちゅう人が来るなんて今までなかったけど」
たしかにどのルートでも、キャラクターたちの関係性がどんなに変わろうとミルフェルト様だけは変わらずそこにいた。
「それでも、長い時間の中。リアナがここにくるのは初めてのことだよ」
「そう、ですか」
何だかもう今日は、家に帰りたい。兄に会いたい。でも、兄に合わせる顔がない。
「リアナ、ひどい顔だ。今日はもうお帰り?フローラはもう少しここにいるといい」
「そう、させてもらいます。また来ますから」
扉を開けて家路に着く。でも、開けた場所は学園の図書室ではなかった。王宮の図書室……。人気のないその場所で誰かが調べ物をしている。
「ディオ様……」
「え?リアナ、どうしてここに……?なんでそんなに辛そうな顔……」
そばにきたディオ様が、心配そうに私の額に手を当てた。一人で泣けば少しは冷静になれそうなのに。今、あなたが目の前にいたら私は……。
その時、ギリッと歯軋りの音がしてディオ様に強く抱きしめられた。
「お願いだ。少しでいいから俺のことも頼って」
「ディオ様……」
断片的にしか思い出せないけれど、ディオ様のいない世界で、兄すら私を庇って居なくなる。私はディオ様の胸で声をころして泣いた。そんな私をディオ様はずっと、黙ったまま抱きしめてくれていた。
今は、18歳で私を殺す呪いですら、兄とディオ様が生きるための大切な命綱に思えてしまう。
大切な人たちを今度こそ、助ける。私は深く心にその言葉を刻んだ。
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