もう諦めなくていい
「ディオ様!」
ディオ様は応接室で待っていた。なぜか立ったままで。私がドアを開けると、ディオ様はすぐに近づいてくる。
「…………無事ですね?リアナ」
なんだか、いつもより距離が遠い。いや、一般的にはこれが普通の距離なのだけれど。
「はい、まあ……元通りというか。無事ですよ?」
ほんの一瞬だけ、安心したようにディオ様は表情を緩める。どうしよう、ディオ様までやつれているように見える!
「フリードのしたこと、俺に責任があります。今日はそのお詫びに参りました」
そういえば、あの赤い石はなんだったんだろう。それに今日は、なんだかディオ様に絡んでいる黒い蔦が強く蠢いている気がする。
「あの赤い石は、なんだったんですか?」
「竜の血を固めたものです。王家の呪いを相手に移すための触媒です」
竜の血石……『春君』で、物議を醸した超高額アイテムじゃないか。ゲームでひたすらお金を貯めて、私も買ってみたけど、結局何に使うか分からなかった謎アイテム!!
「お兄様は……それを使って、私の呪いを肩代わりしようとしたんですよね」
「王家の呪いを移せるのは基本は一度だけ。でも、その制約を解除してしまったリアナになら試す価値があると」
やっぱり、兄は私の身代わりになろうとしていた。時々様子がおかしかったのに、なぜ気づかなかったのだろう。
私は自分の間抜けさが嫌になった。呪い、取り戻せて良かった。兄のいない日常を想像するだけで怖い。
兄やディオ様も、同じように怖かったのだろうか。
「私もディオ様に、謝らなければいけません」
「何を…………ですか」
「ディオ様の呪いを肩代わりしてしまったことです」
「なぜ、あなたが謝るのですか」
離れている私とディオ様の距離。その距離は、いつもディオ様のほうから縮めていてくれたことを、今更ながら理解する。
だから、一歩だけ私の方からディオ様に近づく。うん、だいぶいつもの距離に近くなった。でも、まだ少し遠い。
「ディオ様、私にとってディオ様は、すごく大事な人なんです。だからいなくなるのが怖くて」
「リアナ……」
「無理なのわかってて呪いの解除をしようとしました。思い上がりなら笑って欲しいんですけど……ディオ様も私がいなくなるの怖いですよね?」
ディオ様の、もう一つの故郷を思い出す懐かしい黒い瞳から、一筋だけ雫がこぼれ落ちる。
「リアナ。あなたが居なくなるのを想像するだけで、夜も眠れないほど恐ろしい」
ディオ様の悲しみも苦しみも呪いと一緒に受け取ってしまえたら良かったのに。
それはもう、責任感という言葉では表せないものだと、私はようやく理解する。むしろ何故、ずっとそう思い込もうとしていたのだろうか。
「夜は……寝て欲しいですけど。私、今日から世界樹に祈りを捧げるとき、ディオ様の安眠も願いますね」
「聖女が世界樹にするには随分と小さな願いですね」
「小さく……ないです」
あと、一歩だけ近づく。少しだけディオ様が後ろに下がろうとしたから、その手をそっと握りしめる。
「……あの、私のこと嫌になってしまいましたか」
「そんなこと……世界が滅亡してもあり得ません」
それはもう、ほとんど永遠って言いませんか?ディオ様……。
「ディオ様の方は、やたらと壮大ですね」
思わず微笑んでしまった私を、ディオ様はまだ潤んだ瞳で見つめている。長い沈黙の後、ディオ様が躊躇うように口を開いた。
「俺は自分の安眠のために、フリードを犠牲にしようとしたんですよ?」
「お兄様が自分で決めたことです。それに、ディオ様は自分が代われるなら迷ったりしなかったでしょう」
たぶん、私たちは似ている。でも、私たちの選ぶ優しさは、相手を深く傷つける優しさで。
「どこかに、みんなで幸せになれる答えがあると思ってます」
「リアナは……強いね。俺は全てを諦めてしまっていたのに」
ディオ様の過ごしてきた、18歳までの人生。その気持ちは塔に引きこもって、それを回避しようとしていた私には良くわかる。
「そう、たった一つ呪いから解放されて感謝していることがあるんです」
「え?なんですか?」
ディオ様にとって、良かったと思えることがあるなら僥倖だ。ぜひ聞きたい。私にも教えて欲しいです!
ディオ様が、もう一歩近づく。それはいつもより近くて、吐息がかかりそうな距離。
「あなたへの想いを諦めなくていいから」
それだけ言うと、ディオ様は帰ってしまった。呆然としたまま返答もできない私を残して。
一年目の夏が終わり、秋が訪れようとしていた。
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