兄はもう自重しない
兄の前髪から、汗の滴が滴り落ちる。わたしは、しゃがみ込んだまま立ち上がることもできない。
「はぁはぁ……」
「…………リアナ」
私たちはお互い魔力を限界まで使ってしまったのだろう。意識が朦朧とする。
ふらふらと近づいて来た兄に抱きしめられて、どうしようもないほど安心した。
そのまま二人で草原に倒れ込む。兄をクッションにしてしまい、全く痛くはない。
頬に、髪に兄の手が触れる。そのまま私たちは眠りに落ちていった。
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二人してそのまま三日近くも眠ってしまったらしい。先に起きた兄が外に連れ出してくれたが、扉の中と外では時間の流れが十倍近く違う。実家のベッドで目覚めた時には夏休みが終わりかけていた。
「リアナ……」
「おっ、おっ、お兄様の馬鹿!!」
私は、世界で一番妹思いで、誰よりも私に対して残酷な兄にしがみついた。
私に呪いの蔦を取られたディオ様も、こんな気持ちになったのだろうか。……私がディオ様にしたことがこんなに残酷なことだなんて知らなかった。
「最後のチャンスだったのに……起きたら俺の誕生日、過ぎてるし。本当、俺は詰めが甘い」
「お兄様の馬鹿……」
「ああ、俺は大馬鹿だ」
しがみついたまま、兄の胸に耳を当てる。あの時、聴こえなくなってしまった心臓の音。今はたしかに響いている。なんだかかなり速くて大きな鼓動。
(……あの時って、いつだっけ)
あの時、兄は私を庇って倒れてしまった。大好きな兄。あの言葉の続きは……なんだったのだろう。私は今度こそ、助けられたのだろうか。
忘れていたが、攻略対象の兄は、フリードルート以外の全てで、多かれ少なかれ悪役令嬢の破滅に兄として巻き込まれている。でも、あんな風に庇われるルートはなかった。
「リアナ、まだ気分が悪いのか?」
「…………大好きなお兄様が、私の代わりに死んでしまったかもと思うと、猛烈に気分が悪いです」
兄がしがみついた私を強く抱きしめる。
「ごめん、でもチャンスがあるなら何度だって同じことをしそうだ。それくらい、リアナのこと、誰よりも大切で……愛してる」
「――っ。――――?!」
(――――馬鹿なんですか?!それ、ヒロインのピンチを庇って怪我した兄がいう台詞!フリードルートではヒロインその時、聖女として覚醒しますから!)
「妹に、そこまで言うなんてダメですよ」
「いや、これからはもう自重しない」
(……今まで自重してたんですか?!)
今まで兄が私に言った、言葉や態度のあれこれ。とても自重していたようには思えない。思い出しただけで、耳が熱くなってくる。
「俺のこと、ちゃんと見て?だって俺はリアナの」
――――トントン
兄の言葉は、扉を叩く音で中断した。
「お嬢様、ベルクール公爵令息様がいらしています」
「ディオ様が……?」
兄と私は顔を見合わせる。兄は苦笑すると言った。
「ディオのやつ、もう見てられないほどリアナのこと心配してたよ。行ってやれ」
兄は話の途中だったのに……。大事な話ではなかったのか。
「お兄様、さっきの言葉の続きは……」
「大丈夫。いつでも会えるんだから、また伝えるよ。それに、やっぱり今言うのはずるい気がするから」
兄はいつも正々堂々としている。少し、自分に優しくしても良いと思うのに、その生き方も努力も真っ直ぐだ。
「さ、行ってこい」
正直なところ、ディオ様を一ヶ月近く待たせてしまった。きっと心配してる。すぐに会いたい。
でも、これで良いのだろうか。やっぱり、このまま兄を置いていくのはダメじゃないのか。なんだか、兄の噛んだ小指が痛い。
私はもう、何度兄に背中を押してもらったのかわからない。
「自重しないって、たった今言ったのに」
「……覚悟もないくせに、仕方のない妹だな?」
「え……?」
「俺は、お前がもう少し大人になるまで待ってるよ」
兄に背中を押されて、部屋の外に出された上に扉を閉められてしまった。
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