兄の覚悟
今回は完全にシリアス展開です。主人公は兄みたいなものです。応援してあげてください。
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期末テストが終わり、夏休みが来た。兄は忙しいらしくほとんど家にいない。
私ももっぱら無事にSクラスに残留を決めたフローラとともにトレーニングルームに篭っている。
ちなみに兄は期末テストで満点を取り、学年首位をディオ様から奪還した。……兄の努力が凄すぎる。
私も僅差でライアス様に勝って首席だ。今回も点数はわずか一点差だったらしいけど。ミルフェルト様に会えなくなるの、困る。
そして最近はなぜかディオ様まで忙しいらしい。二人の姿は毎日のように見ていたのに、なんだか心にポッカリ穴が開いてしまったようだ。
「ぼんやりしてると、先に行ってしまいますよ?!」
「それはイヤ!フローラに負けたくないわ!」
その穴を埋めるように、私はひたすら己を鍛え上げた。もちろん、学習も魔力を高めるのも忘れない。
(そういえば、来月は兄の誕生日だわ。去年まで、プレゼントを実家に贈るだけだったけど、今年はお祝いしよう)
そう考えた私は、久しぶりにきちんと相談に乗ってくれるであろう数少ない知り合い、ミルフェルト様に会いにいくことにした。
基本的にはミルフェルト様の禁書庫への扉は王立学園の図書室にある。扉を開くとミルフェルト様が今日も出迎えてくれた。
「やあ、いらっしゃい。久しぶりだね?兄妹揃って来てくれるなんて嬉しいよ」
「え?お兄様も来てるんですか?」
「うん。ほぼ毎日ボクのところに来ているよ?」
「――――っ、ミルフェルト様!」
少し焦った様子の兄が、ミルフェルト様を追いかけて来た。そうか、兄は学年首位になったから、禁書庫に入れるのだ。
「お兄様、抜け駆けです」
「リアナ……久しぶりだな?」
兄がなんだかやつれた気がする。ちゃんと食べたり休んだりしているのだろうか。また努力しすぎているんじゃないだろうか。
「お兄様……痩せました?」
「少し夏バテでね。心配させて悪い」
兄が大きな手で私の頭を撫でる。いつもならそれだけで安心するのに、なんだか今日は胸の奥がザワザワする。
その時、扉が開く音がした。
「おや、今日は来客が多いね?」
ミルフェルト様が楽しそうだ。それは良いのだが。
「フリード、王宮の宝物庫でひとつだけ見つけた。」
ディオ様は、学年首位を逃したのになぜここに入れるのだろう。その答えは、ミルフェルト様がくれた。
「聖騎士としてディオは、王宮の図書館にも自由に入れるからね。学園に入る前から、ここに通っていたんだよ」
「……リアナ」
たしかに、王宮にも扉があった。あれも、いつでも入れるようになっているのか。ところでなんでそんな悲壮な顔してるんですかディオ様。
「ちょうど良かった。ディオ、それ渡してくれる?」
「今からか?まだ時間はあるじゃないか!」
「未だに手掛かりはない。俺も実行後に少しは時間が欲しい。……待てないよ」
兄はディオ様の持ってた赤い石を奪うように手にした。
「ミルフェルト様、あの場所をお貸し願えますか」
「…………良いよ。馬鹿なフリード」
ミルフェルト様まで、いつもと違う悲痛な表情をしている。なんだというのか、なんだかわからないけど不安しかない。
「さ、おいで?リアナ」
強く兄に手を掴まれた。いつもと違う力加減はまるで逃がさないとでも言うように。
扉の奥はいつもの草原だった。
「あの、ここにいると外の時間、すぐ経ってしまうんですよ?」
「知ってる。でも、他から邪魔は入らない」
「お兄様……何しようとしてるんですか」
「大丈夫、怖くないから。全て俺に任せて?」
兄は赤い宝石を口に含むと噛み砕いた。兄の唇に血が滲む。そのまま私の指にそっと兄が唇を寄せて。
――――ガリッ
「……っ?!」
兄に指を噛まれた。指先に血が滲む。
「お互いの血を交わらせる必要があるから許して。俺の大事なリアナ」
兄が微笑む。そんな笑顔、見たくないのに。
――――まさか、まさか。
次の瞬間、私は呪いを解除する時の、あの暗い空間にいた。私の心臓に絡まる蔦が強く蠢く。
「さあ、リアナから離れるんだ。契約はなされた」
兄の声が聞こえる。私は必死になって自分の心臓に手をやる。
――――どうして!そんなの絶対許さない!
叫んでいるのが、もはや私の声なのか。それとも他の誰かなのか。もうそれさえわからない。
また、私はゲームの画面を見ている。リアナと同じ姿の女性が、兄に縋り付いて泣いている。悪役令嬢リアナではない黒いドレスを身につけた彼女は、たしかに自分なのだと私には理解できた。
二人の会話が流れていく。
「あの人だけでなく、お兄様までいなくなったら、私はもう!お兄様なぜ私なんか庇ったんですか」
「そんなの答えはひとつだリアナ。俺は本当は……」
たぶんそれは兄の隠していた秘密と同じもの。でも、砂嵐のような音と画面が歪んでで分からない。
『たぶん、リアナは困ってしまうよ』
兄の困ったような笑顔が急に浮かんだ。いつも私を、私の気持ちを優先してしまう優しい兄。でも、時にそれはとても残酷で。
閉じていた目を無理やり開いた。目の前に私から離れようとする呪いの蔦が見える。手を伸ばす私と目があった兄は焦ったように叫んだ。
「リアナ?!やめてくれ、リアナ!」
私の目の前には、泣きそうな兄の顔。
「返してお兄様!そんな結末、私はもう二度と認めない!」
蔦をこの手に掴む。その蔦は少し迷ったように蠢いた後、再び私の中へと戻っていった。
『コンドコソ、タスケル』
薄れる意識の中、再びあの声が耳元で聴こえた。
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