初恋と呪いの残影
私、フォリア・ディルフィールはディルフィール公爵家の一人娘だ。
父は宰相兼騎士団最強の騎士。母は聖女。
誰もが私の境遇を羨ましいという。
でも、私が唯一欲しいものは公爵家の力でも、父と母の威光でも手に入らない。
私が欲しいものは……。
今日も私は、公爵家の図書館にある古びた扉を開け放つ。
一番に目に入るのは、私の大好きなアイスブルーの色彩。
今日も難しそうな本を読んでいるミルフェルト様。
「……おじゃまですか。ミルフェルト様」
「ふふ。めずらしいね?フォリアならいつでも歓迎するけど?」
そう言って微笑んでくれるミルフェルト様。ミルフェルト様だけが、父と母以外ではそのままの私を認めてくれる。好きだ。
「ミルフェルト様。私、15歳になりました」
「――――そう。年月が過ぎるのが最近早いね?」
「あと、聖女になりました」
「うん、おめでとう」
ミルフェルト様は、ずっとずっと長い間この禁書庫にいたと聞いたことがある。
私もこの空間は好きだけれど、自分だけ大事な人たちから取り残される日々とあの時の暗い目をしたミルフェルト様を思い浮かべて胸が痛んだ。
「ファーストダンスの相手は決まったのかな?」
「……私が好きなのがミルフェルト様だって知っているくせに」
「それは、きっとただの憧れってやつだと思うよ?」
「……」
そう言っていつもの笑顔を見せるミルフェルト様に今日もはぐらかされてしまった。
たぶん、ミルフェルト様にとって私は妹か娘みたいなものなのだと思う。
それでも、私は……。
その瞬間、まるで心臓を締め付けられるような感覚がした。
そういえば、聖女になるために世界樹に祈りを捧げていた時に、小さな蔦が私に入り込んだ気がした。
それからずっと私の胸は時々締め付けられる。
「フォリア……キミ最近何か様子がおかしくない?」
「――――平気です!」
きっと、これからも私たちの関係は変わらない。
でも、私は絶対にほかの人を好きなることはできない。
それだけは確信できた。聖女になれたから、デビュタントの日に、世界樹の塔に引きこもることだって許される。
だめだ、この場所にこれ以上いたらきっと泣いて縋ってしまう。
そんなの、きっとミルフェルト様を困らせてしまうだけだ。
「待って、フォリア!」
走り去ろうとした私の手をミルフェルト様が強く掴む。
その手を振り払おうとしたとたん、珍しく強い調子でミルフェルト様が声をあげた。
「待てって言ってる!」
そのままなぜかミルフェルト様に強く抱きしめられた。
「……あの」
「頼むから少し黙っていて」
「んっ……」
紫色の魔力が私に吸い込まれ、まるで体中を探られているような感覚がした。
「……見つけた」
私の体から細い蔦が引き出される。
ミルフェルト様は忌々しいとでもいうように「まだ残っていたなんて……」とそれを握りつぶした。
そして、長い長い溜息をつく。
「――――良かった……。もし取り出せなかったらボクは」
「え……?なに言ってるんですかミルフェルト様」
ミルフェルト様から、いつも被っている笑顔の仮面が剥がれ落ちている。
そしてミルフェルト様が眉を寄せて今にも一人で泣きだしそうに私を見つめていた。
「ごめん……今日は帰ってくれるかな」
ミルフェルト様が手をあげて、私を強制的に送り返そうとしている。
その顔にはいつもの微笑みが浮かんでいたけれど、不安そうに微かに揺れる瞳を私は見てしまった。
「だめです!」
私はミルフェルト様の手をすり抜けて、その体にしがみついた。
「――――フォリア」
「……私に話せないならそれでもいいです。でも、そんな顔したあなたを置いていけるわけないじゃないですか」
「参ったな……キミには輝かしい未来があるんだよ?」
「その時に私の隣にいて欲しいのは、ミルフェルト様だけです」
抱き着く私をミルフェルト様がきつく抱きしめ返した。
そして小さくため息をついたミルフェルト様が「降参するよ。キミを失ったらボクはとても生きていられないらしい」とつぶやくのが聞こえた。
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