聖女候補は聖女になる
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もうすぐ15歳。
聖女候補としての日々の合間に「自己防衛のための力も必要だ」と、父が剣の訓練をつけてくれるようになった。
家で母と私をただ溺愛している姿を見ていると、とても信じられないのだけど、『王国の剣』と呼ばれているらしい父。でも、こうして訓練をつけてくれる時の父は、そのことを納得させてくれるくらい厳しくカッコいい。
「その、剣に黒い風纏わせるのやってみたいです」
「闇の魔力を持っているんだ、努力すればできるだろう」
「こんな、感じでしょうか」
「……はあ。お前も天才肌か」
父があきれたように、私の剣を見つめる。闇の魔力をなぜか持って生まれた私は、生まれつき光魔法で闇魔法を制御しているらしい。でも、最近思うのだ。闇魔法の方を制御できれば、戦うこともできるのではないかと。私の剣には、闇魔法が蔦みたいに絡みついていた。
でも、天才というのは語弊がある。世界樹のトレーニングルームは、使い放題だ。命の危険もなく訓練することができる。
「お父様。天才のはずがないです。私、聖女としての訓練と、礼儀作法の時間、あと最低限の生活にかける以外は全部剣と魔法の鍛錬に当てているんですから」
「そうか……。だが、無理は良くないぞ?」
それを父が言うのかと、少しクラクラとめまいを感じる。
母から聞いた、この間も剣の腕がなまるとか言って、ドラゴン討伐に一人で出かけてしまったと。
それに、私もだいぶ早く起きて聖女として世界樹に祈りを捧げているのに、たいがい父はすでに起きて中庭で鍛錬している。
「お父様こそ。あまりお母様に心配かけるのは良くないですよ?」
「ああ……。心に留めておく」
そう言って笑う父は、いつもの宰相としての怜悧な印象から一転して、やさしい印象になる。この笑顔を見ることができるのも、娘の特権だと思う。
でも、今日は自分に課していた訓練も目標もすべてこなすことができたから……。
湯を浴びて、ドレスに着替えた。侍女が緩く巻いた髪の毛を、大人っぽい印象にまとめてくれる。
私は、世界樹の塔の扉を開ける。開ける瞬間の胸の動悸が治まらない。アイスブルーの色彩を予想して扉を開くとやっぱりその色彩が私の瞳に映り込む。
「ミルフェルト様」
「……久しぶり?ずいぶん頑張っていたみたいだね」
「知っていたんですか?」
「キミは、今一番熱い観察対象だからね。それに、回復魔法も効かないし、目が離せないのは仕方ないと思うんだ」
もう、ミルフェルト様に抱き着くことはしない。15歳になってしまうから。
ほとんどの貴族が、15歳でデビュタントを迎える前に婚約者を決める。
もちろん私には、まだ婚約者がいない。
「ミルフェルト様。デビュタントの夜は、ここにいていいですか」
「……ダメに決まっている。どうしてそんなことを」
「お母様も、デビュタントの夜は世界樹の塔にこもってやり過ごしたと言っていました」
「リアナは、以前から引きこもっていたし、すでに聖女だったからある意味特別だ。でも、キミの立場では許されない」
知っている。父の宰相としての立場だって、私がデビュタントに出ないという選択肢を奪ってしまう。
「――――私、ファーストダンスはミルフェルト様としか踊りません」
「……ボクと?」
予想外の事を聞いたかのように、一瞬素の表情を見せるミルフェルト様。
でも、こんなにもずっと好きだと言っているのに、どうしてそんな顔になるのだろうか。
ファーストダンスは、婚約者や恋人と踊るのがこの国の習わしだ。
このままだと、ギルバート様と一緒に踊る以外の選択肢がなくなってしまう。
「フォリア、だってファーストダンスは」
「ギルバート様とは踊りません。それに、願い事が叶わないからってなかったことになんてできない」
「――――キミは本当に初めて出会った時と変わらない」
初めてミルフェルト様と私が出会ったのは、私がまだ赤ちゃんの時のはずだ。
それとも、あの時の事を言っているのだろうか。
「聖女になることができたら、当日の夜は世界樹の塔に引きこもってもいいと母から許可を得ています。だから、今から聖女の資格を得るための試練を受けてきます」
「――――そんなこと、しなくたって。命の危険があるじゃないか」
「世界樹に祈りを捧げるだけですよ」
聖女になるためには、聖女候補が世界樹に認められるだけでいい。
世界樹に認められるためには、祈りを捧げるだけでいい。
「もう一度だけ言ってもいいですか?……好きです。ミルフェルト様」
「キミは、そんなところに向かう時に、そんなことを言うなんて」
ミルフェルト様の手が、宙を彷徨う。
止めることができないミルフェルト様と、たった一つの思いを諦めることができない私。
それでもいい。それでも私は、他の人と踊るなんて考えられない。過去、聖女には国のためという名目で婚約しないまま過ごす人もいたという。それなら、聖女になるのが良いだろう。少し邪だけれど。
私は踵を返すとその足で世界樹の聖域へと向かった。
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世界樹の聖域は、もう暗くて。たくさんの葉を茂らせた世界樹が、時々ざわざわと葉擦れの音を立てている。
祈りを捧げるのは簡単だ。でも、聖女と認められるためには、限界まで光の魔力を使い切って祈る必要がある。それでも認められるかどうかは、世界樹次第。
それに、私の場合は光の魔力で闇の魔力を抑え込んでいる。
光の魔力を完全に使い切ることは、母に止められていた。何が起こるかわからないからと。
でも、闇の魔力も使いこなし始めた私を見て、とうとう母も許してくれたのだ。
世界樹の聖域に入ることができるのは、現在母とフローラ様と聖女候補の私しかいない。
目を瞑って、すべての光の魔力を捧げながら世界樹に祈りを捧げる。
光の魔力が減っていくたびに、私の中の闇の魔力が蠢くようにあふれ出す。
すべて、光の魔力を使い切った時に、本当に小さな細い蔦が世界樹から落ちてきて、私の胸の中に入り込んでいった気がした。
そのまま気を失ってしまったけれど、次に目を覚ました時に、私の手の中にはキラキラと七色に光る緑色の石が握られていた。
その日から、私は聖女候補から聖女になった。
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