母と娘と三角以上の関係
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あれから、私は毎日のようにミルフェルト様を訪れることはなくなった。
本当は会いたい。毎日、24時間一緒にいたい。
でも、きっとそれはミルフェルト様を苦しめてしまうのだと私にはわかってしまった。
よくわからないけれど、私の魂とミルフェルト様に流れる血は同じようなものらしい。
つまり、母の存在に秘密があるのだろう。
「お母様……。ミルフェルト様の血と私の魂が同じ存在ってどういうこと」
――――紅茶を飲んでいた母が「ぶふぅっ!」っと盛大に紅茶を噴出した。この人が、世間一般、社交界では貴族夫人の中の貴婦人。社交界の薔薇。聖女の中の聖女。とか呼ばれているのが、娘からの視点では全く信じられない。
「あの……そのネタどこで仕入れたんですか」
「ネタって……古龍が言ってたから」
「……異世界って信じます?」
母が怪しいことを言い出した。異世界ってこの世界とは違う世界の事だよね?
結論を言えば信じる。
異世界ではないにしろ、世界樹の聖域で出会ったあの麗しい聖騎士様はここではない場所から来たみたいだったから。
異世界だってあってもおかしくない。
「違う場所から来たっていうことなら、聖騎士さまに会っていますから」
――――ガチャンッ。盛大な音を立てて、カップとソーサーが割れて、紅茶が床を濡らす。何をしているんですか母。
「ディ……ディオ様に会ったんですか?」
「ディオ様?この世のものとは思えないほど麗しくて、信じられないくらいカッコいい黒髪に黒い瞳の聖騎士様にならお会いしましたけど」
「間違いない……それ、ディオ様以外にいないですね」
床に落ちたカップを拾う様子もなく、頬に手を当てて首をかしげる母。
「なるほど……。ディオ様がまた、命がけで無茶をした予感がします」
確かに、何か強大な時空をゆがめる魔法。命を懸けていてもおかしくない。
「えっと、何でそこまでしてくれたんでしょう」
「ある意味、フォリアのこと、娘みたいに思っているだろうから」
母の目が虚空を見つめて光を失った。聞いてはいけない類の事なのかもしれない。
父とラブラブすぎて、砂糖を毎日吐いている私としては、母に男の影というのはとても信じられないのだけれど。
「話せば長くなるうえに、私の精神が持たないから赦して……。とくにディオ様のあんな台詞とか思い出すの無理」
「え……浮気じゃないですよね」
「うう。あちらのリアナは私じゃない。私じゃないわ……。だから、浮気ではないはず」
よくわからないけれど、複雑な関係を見てしまった気がした。三角……いや、あちらのリアナという人を含めると四角関係なのだろうか。
「とりあえず、私とミルフェルト様の共通点ってところだけ教えてもらえると」
「そっそうね。私は異世界の記憶をもって生まれていて、ミルフェルト様は異世界から来た人とこの世界の人のハーフなの」
はい。意味が分からない。
でも、事実なのだと思うしかない。
だって、ミルフェルト様は、永い永いときをあの場所で過ごしていた。
そして、古龍が言っていたこと、呪いと祝福が生まれたのは、異世界の人と、この世界の人が交わったからなのだと。
……じゃあ、私の存在はいったい?
ミルフェルト様と私が結婚したら何かが起こる?
あれ、それを避けるために「結婚できない」とミルフェルト様が言ったのだとしたら。それは、自分にとってあまりにも都合がいい想像なのかもしれないけれど。
「お母様、私はミルフェルト様が好きです」
「私も大好きよ?」
ん?四角関係ではなくて五角関係でしたか?複雑すぎませんか。私もいれると、それはいったいなんていう関係なのだろう。
「だめです。それならお父様は私がいただきます」
まったくもって、文武両道完璧で母を溺愛する父がいるのだから、そういうのやめて欲しい。
溺愛が重すぎるから、時々逃げ場が必要なのはわからなくもないけれど。
「……今思えば、ミルフェルト様はあなたを待っていたのだと思うわ」
そう言って、なぜか多くの人に愛されているらしい母は微笑んだ。




