図書館の主人と姫
手を掴まれた次の瞬間には、横抱きにお姫様みたいに抱えられていた。
「ほんと、まだ小さくて軽いくせに」
今度の誕生日で、私も11歳になる。背だって去年から5センチ伸びた。
「ボクのそばから離れないで。フォリア一人くらい守り切る自信はあるけど、何が起こるかわからないんだから」
「ミルフェルト様がカッコいいです……。惚れなおしていいですか」
「――――やっぱり、縛り付けて置いてきた方がよかったかな」
本音なのに。しかしこの緊張感の最中そんなことを言ってしまった私は「ごめんなさい」と謝るしかなかった。
「まあ、キミがいなくなったら観察対象が減ってしまう。ボクは退屈は好きではないから」
私のことを抱えながら、ミルフェルト様は空に浮かんだ。飛行魔法、実在したんだ。
次の瞬間には、猛烈な風を受けながら飛んでいた。ディルフィール公爵家の庭園も、屋敷の壁も軽々飛び越えて。
「わぁ!」
風になびく金の髪とアイスブルーの髪。アイスブルーの髪の毛は空と風に溶け込んでしまいそうだ。
「――――まさか、楽しんでる?」
「ま、まさか!」
楽しんでいました。だって好きな人と、空の旅ですよ。楽しくないわけがないじゃないですか。
「ふーん?ボクは少しだけ楽しいけど」
「えっ!」
正直になれば良かった。
正直に伝えようと思った次の瞬間には、残念ながら古龍の目の前にいた。
「それで、今度は何の用?ボクを表に引き摺り出すなんて、フリードくらいしか居ないんだけど?」
『お前たちの血と魂は異世界の影響を受けている。お前たちが交わって生まれるのは、呪いと祝福の魔法程度では、済まないかもしれない』
「――――余計な、お世話だ」
全くわからない、古龍とミルフェルト様の会話。だが、次の瞬間のミルフェルト様の言葉に、私は奈落の底に突き落とされる。
「ボクとフォリアが結婚することは決してないから、その心配はない。ボクはもう……」
そうだったんですか。
でも、はっきり言われるのは初めてですね。
私はそれでも……。
私の中の、闇魔法が蔦のように絡まって、そこに黒い薔薇が咲いていくような気がした。
蔦が体に絡みつく。私が持っているのは、こんなに大きな魔力だったかしら。小さい頃から無意識に、光の魔力で闇の魔力を抑え込んでいたから、知らなかった。
闇の魔力……ミルフェルト様と同じ。
それなら扉は開くはず。
ここからすぐに居なくなりたい。
ミルフェルト様が私の名前を呼んで、私を捕まえようとしたけれど、それを振り払って空から落ちていく。それと同時に魔法を展開する。
いつも見ていた、大好きな人の得意な魔法。
まるで、水に飛び込んだような衝撃を感じて、気がつけば別の場所にいた。
「……ミルフェルト様が好きなのは、お母様だって知っていたのに」
魔力を大量に消費した私は、その場に倒れ込んでしまった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「フォリア……ごめん」
温かい温もりが消えて無くなり、いつも動かすことの無いように戒めていた心が軋んだ。
彼女の代わりに残された一枚のハンカチには、アイスブルーの薔薇の花と世界樹の紋章が素晴らしい技巧で刺繍されていた。
『……それがお前の答えか?間違いなくお前たちは』
「お前がそれ言うの?ボク、今とても機嫌が悪いんだけど」
紫色の魔力が稲妻のようにミルフェルトの周りで弾ける。
「消し飛んでしまえばいい」
『そうして、お前に重い宿命ばかりを与える運命を呪うのか?』
「もうとっくの昔に呪い尽くした。ボクはもう、これ以上誰かを巻き込んで生きるのはごめんだ」
そのまま、ミルフェルトは初めて本気で攻撃魔法を放った。
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