王太子と出会い
「――――今日はもうお帰り?」
ミルフェルト様がそう言った瞬間、浮遊感があって目の前の景色が一瞬で変わった。
ミルフェルト様は、自分の弱みを人に見せない。少しだけその素顔に近づけたかと思うと、こんなふうに距離を取られる。
「おい、そろそろどいてくれるか」
「あ、申し訳ありませんギルバート様」
なぜか私は、ギルバート王太子殿下の膝にちょこんと座っていた。ミルフェルト様の悪戯だ。
「全く……普通に現れるとか出来ないのかお前は」
「うーん。今回は私のせいではないですよ」
まあ、ギルバート様との初対面の時もこんなふうに膝の上に座ってしまったのだ。
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「フォリア?どこに行ったの?!」
お母様が私を呼ぶ声がする。
でも、私は出て行かない。だって、王太子様の婚約者候補を選ぶためのお茶会なのだという噂を聞いてしまったから。
だめ!私はミルフェルト様の婚約者になるんだから。絶対にお茶会の間、隠れきってみせる。
そう決意して、どんどんと庭園の奥へと入っていく。それにしても綺麗だ。今まで、ディルフィール公爵家の庭園が一番綺麗だと思っていたのに、やっぱり王城の庭園は格が違った。
そして私はちょうど人ひとり入り込めそうな隙間を見つけた。見つけてしまった。
そして、その隙間に入っていった結果、急に数十センチ落っこちた。
「きゃ!?」
「うわっ?!」
私は気がつくと、アッシュグレーの髪とエメラルドの瞳の少年の膝の上にちょこんと乗っていた。
この色合いの私と同年代の少年は、あまりに有名だ。
私は、ギルバート王太子殿下の膝に不敬にも乗っかってしまっていた。
それが私とギルバート様の出会いだった。
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ギルバート様の膝の上から降りて、今は消えてしまっている扉があった場所をじっと見る。
私の周りの大人たちは、父と母、国王陛下と王妃様を除いてみんなが何故かギルバート様と私をくっつけたがる。
たしかに私たちは、婚約するのに何も障害がない。でも、それでもミルフェルト様だけには、そんなふうに思われたくない。それなのに。
私は怒っていた。
何に怒っているのかはっきりしないけれど、私の好きはミルフェルト様にだけ向いているのだから。
「ギルバート様、失礼いたします」
私の淑女の礼は完璧だ。
そんな私を見つめてギルバート様が、何か言いたそうに唇をハクハクと動かしていたことに、私は気がつかなかった。




