賢者の石と竜の子どもたち
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世界樹の聖域から表に出ると、トア様が待っていてくれた。
「あと1時間戻って来なかったら、兄上と連絡取ろうかと思っていました」
「……ごめんなさい。結構時間が経ってしまっていましたか?」
「ええ、まあ丸一日過ぎましたよ?何かあったんですか」
やはり、時間の流れがずれてしまうようだ。トア様を心配させてしまって申し訳ない。
「あの、ディオ様は」
「え?兄上は遠征に言ったままだと思うけど。どうしてです?」
「いいえ……」
考えたいことがあるからと告げで、トア様と別れる。父は領地の本邸に。兄は遠征に。王都の公爵家の屋敷は、二人がいないだけでとても寂しい場所に感じる。
(逆に考え事をするにはちょうど良いのかもしれない)
ディオ様が、ずっと私のことを心配してくれていたことが良く分かった。そして、きっとディオ様が本当に愛しているのは、今の私ではないことも。
だって、今の私はきっと一人でなにもかも解決しようとは思わないから。そばにいる人たちも、私を大事に思ってくれていて、私だけが犠牲になることを良しとしないのだと知っているから。
そのことを私に教えてくれた人は……。
便宜上、黒リアナと呼ぶことを決めた私は、悪役令嬢としての記憶を持っていた。そして、自分が世界樹の呪いを引き受けてラスボスになることで、世界を、大好きな人たちを守ろうとしていた。
それなのに、おそらくフリードのバッドエンドでは最後に兄が黒リアナを庇って死んでしまう。黒リアナは本当に一人になってしまった。
「ディオ様がもし生きていたなら……」
たぶん、黒リアナになってしまった時にはディオ様を助けることはできなかった。プロローグ以前に聖女になっていたから今回は助けられただけなのだ。
そう思うと、私が引きこもってひたすら聖女になるための努力を続けていたのは、記憶の奥底にある黒リアナの思いが大きかったのかもしれない。
「――――お兄様」
たぶん、兄も黒リアナのことを愛していたのだと思う。それが兄妹としてなのか、それとも違う何かなのかはわからないけれど。そう考えるだけで、なぜか涙がこぼれそうになる。
記憶を持っていても、今の私は黒いドレスを着ていたあの時とは違う人間だと思う。それくらい、考え方が違うから。
「早く帰ってきてほしいです……」
暖かい笑顔も、私を包み込んでくれる優しさも、すべてが私だけに向けられて欲しいなんて、どうしてこんなにも独占欲が強くなってしまったのだろうか。
兄が好きなことを自覚してしまってから、私はどうもおかしいみたいだ。前みたいに、自分だけが犠牲になってすべてを救えればいいなんて、思えなくなってしまった。
ソファーでクッションに顔を埋めて、物思いにふけっていたから私は物音と気配に気が付かなかった。
「リアナが、俺のいないときにそんなことを言ってくれるなんて……喜んでいいのかな?」
いつの間にか、目の前には兄が立っていた。
「おっ、お兄様!いつ帰ってらしたんですか?」
「たった今さっき……ちょっと、極秘資料管理室の方で新情報があったみたいだから、帰ってきたんだけど。――――泣いてたのか?」
兄が私をそっと抱きしめた。今、とても会いたかった人が目の前にいて、私のことを抱きしめてくれることがこんなに幸せなことだなんて知らなかった。そして、その分だけ私の心に不安な気持ちと独占したいという我儘な気持ちが膨らんでいく。
「……お兄様は、黒いドレスを着た私のことをどう思っているんですか」
「――――大事な妹だな。でも、今のリアナが一番好きだ」
「お兄様……私も、お兄様が好きです」
「ああ、子どものころから俺のこと、なんだかんだ言って好きだったよな?知ってた」
たぶん、その好きじゃない。
口から出かかってしまった言葉を辛うじて飲み込む。
私の涙のあとを拭いながら、兄が「ミルフェルト様のところへ行こう」と私の手を引く。そして王宮の図書室までそのまま強引に連れていかれる。
そのまま、図書室の奥にある扉を開くと禁書庫の中でミルフェルト様が待っていた.
「やあ……聖女の力ってすごいよね。それとも聖騎士の力が規格外なのかな」
開口一番、ミルフェルト様がそうつぶやいた。いきなりのことで意味が分からない。
「あの……」
「ほかの世界とつながる方法は、この世界の真実を話してからなくなってしまったのだと思ったんだけど」
「黒いドレスを着た私がいる世界の話ですか……?」
「あの世界は、ここに来る前のリアナが頑張ったのに救われることはなかった。そして記憶だけ残してこの世界とのつながりは失われたはずだったのに。なぜだろう、あと少しで救えそうなところまで改変されているんだよね」
幻かと思っていたあの光景は、実際の場面だったというのだろうか。たしかに、あの時蔦に全身を締め付けられて、ディオ様に助けてもらわなければ死ぬところだったような気がする。
「ミルフェルト様にはわかるんですか?」
「扉を越えて、ボクに誰かが会いに来ることができないだけで、呪いの蔦はボクの魔力そのものだから、情報くらいは入ってくる」
たしかに、この物語の本当の始まりはミルフェルト様の魔力。不思議なことではないのかもしれないけど……これは制約に引っかからないのだろうか。心配すぎる。
「その顔やめてくれる?キミたちのことを信じることにしたから。制約を課して自分の魔力を抑え続けるのもそろそろ終わりにしようかと思ってる……だから、もうそんなに気にしなくても大丈夫」
最近の私は、相手の含みがある物言いに敏感になってきたように思う。たぶん、それは完全に兄のせいだと思うけれど。
「ミルフェルト様……新たな情報をお伝えしようと思います」
「ああ、フリード。賢者の石のことかな?」
「そうです。賢者の石は、やはり光の魔力と闇の魔力両方の属性を持つことがわかりました」
「やっぱりね……竜と同じ魔法が使えるボクの父親。光魔法を使う、世界樹を起源にした母。その二つから生まれたボクと今の王家の始祖である妹はさながら賢者の石と似たような存在って事だね」
兄がまだ持っていたらしい賢者の石をミルフェルト様に手渡した。
「あとは、これを誰に使わせるかだけど……」
ミルフェルト様が小さな手で、七色に光る石を握りしめる。
それを見ながら、物語のレールが向かう先が、また一つ変化したのを私は感じていた。
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