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悪役令嬢と聖騎士


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 もう、文化祭も終わってしまってあとは冬休み。それが過ぎれば、私たちの卒業も近い。

 残念ながら、首席でいられたのは二学期のみで、ライアス様にやっぱり負けてしまった。


「ほら、だから実技試験の間は、その呪いを抑えてあげようかって言ったのに」


「トア様……でも、トア様に何か起こったら嫌ですから」


「変なところ頑固だよね。リアナ様は」


 生徒会室で、トア様と二人。ライアス様も、フローラもなかなか来ない。


「そういえば、フリード様のおかげで、闇の魔力もだいぶ制御できるようになったんですよ」


「それは良かったです!」


 たしかに、今のトア様はとても安定しているようだ。これから先、闇の魔力が制御できればとても有用だってことが証明できれば、偏見も消えていくだろう。闇魔法の誤解を解くことをライアス様も、約束してくれている。


 トア様は、もちろん今回も首席を維持している。闇の魔力を堂々と使えないというハンデがあるのに、一年生の中では誰よりも強い。兄の修行についていける精神力と実力はきっと本物なのだろう。


 その実力が正当に認められれば、それは王国にとっても大きな利益になる。


「待たせたな。リアナ、トア」


 凛々しい声に顔を上げると、ライアス様が軍服を着て立っていた。すでに、王太子としての公務が中心になって、学業に時間がそれほど割けないはずなのに今期は首席だ。


 ライアス様はさすが、メインヒーローだ。この勢いで、フローラのことも……。


「いいえ、お気になさらず。あの、また何かあったんですか?――それにフローラは」


「フローラは、緊急の騎士団の遠征についていった。俺もこれから合流する」


「何があったんですか。私も合流した方がいいですか?」


 首を横に振り、ライアス様がはっきりと否という素振りをした。たぶん、今回の遠征は時間がかかるということだろう。


 聖女が二人とも世界樹から離れるわけにはいかない。


「兄とディオ様も遠征に参加しているんですか?」


「ああ、今回の魔獣は、なぜか今までよりも強い。騎士団は善戦しているが、王都に近づけるわけにはいかないからな」


 ゲームの世界でも、終盤に近づくほど魔獣は強くなっていた。この世界でも、それは同じことなのだろうか。世界樹と闇魔法に関係しているのかもしれない。


「王都は任せる。あと、トアには聖女リアナの守護を頼んだ」


「王太子としての命令ですか」


「その方が都合がいいだろう?責任は俺がとるから、好きに魔法でも何でも使っていいぞ?」


「……殿下の御心のままに」


 ライアス様が去っていった後には、何となく気まずい沈黙が流れた。


「それではトア様。私、世界樹の聖域に行ってきますね」


「……守護と言っても、聖騎士ではない僕は世界樹の聖域に入れないんですから、無茶なことしないでくださいね?殿下の命令に逆らいたくはないですから」


 銀の髪に、アイスブルーの瞳で微笑むトア様は、妙に威圧感がある。


「分かりました。トア様に迷惑かけないように全力で取り組みますね?」


「その発言が、すでに危険信号な気がするけど」


 世界樹は、フローラと私、二人の聖女が祈りを捧げていても、黒い蔦に覆われている現状は変わりない。フローラが抜けるとなれば、私は世界樹の聖域からほとんど出ることができなくなるだろう。


「……トア様、聖域からしばらく出てこれないと思います。そんなに心配しないで、待っていてくださいね」


「心配するに決まってるじゃないですか!本当にリアナ様は……。一日一回は必ず出てきてください。それを過ぎたら、兄上に連絡します」


「……厳しいですね」


「そうですか?危ういんですよ、リアナ様は」


 でも、連絡を取り合うというのも大事だと思うから、トア様と約束して私は聖域へと足を踏み入れる。呪いの蔦は、世界樹を取り囲みながらやはり変わらずそこにあった。


 この蔦が呪い……ではないという、兄の仮説が事実ならば、これは制御できていない闇の魔力なのだろうか。


 目を閉じる。心臓に絡みつく黒い蔦のような魔力。蠢いているように感じるのは、その力を発揮する機会を探しているから……?


 以前のように、たくさんの蔦が私を取り囲み飲み込む。不思議と恐怖は感じない。


 真っ暗な暗闇、目を開けるとそこには黒いドレスを着た私がいた。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


「どうして……。この蔦の全てを悪役令嬢の私が引き受けたら、世界樹を救うことができると思ったのに」


 黒いドレスを着たリアナ。この世界のラスボスになる存在は、悄然とした様子で、蔦に覆われてしまった世界樹の前に立っていた。


「どうして……。せめて、あなたがいてくれたら」


 黒いドレスのリアナは一雫だけ涙をこぼして「ディオ様……」と確かにそう言った。


 私が思わず黒いドレスを着たリアナに近づくと、世界樹の蔦が、私を取り囲む。


 その瞬間、確かに私たちの目は合った。


「そこにいるのは私?まだ、やり直せる未来があるの?それならあの人を……」


 きっとまだ未来はあるはずと答えたかったのに、私は締め付ける蔦に抗うことが出来ずにいた。


 その瞬間、全ての蔦が切り払われて消えていく。私の体は自由になった。


「やっぱり……聖騎士の力を使えばもう一度会う術があると思っていた」


 そこには、白い騎士服を身につけたディオ様が立っていた。遠征に出ていたはずなのに。これも私の命の危機にそばにいるという、聖騎士の魔法なのだろうか。


「……ずっと、繰り返し夢に見ていた。リアナが、全ての呪いを身に受けて、みんなを救おうとたった一人で戦っているのを。それは夢なんかじゃないって思い出していたのに、どうすることも出来なくて」


 黒いドレスを着たリアナが、自分の体を抱きしめるようにしてディオ様を見ている。絶望のせいか光を失いかけていたその瞳に、キラキラと意思を持った光が戻っていく。


「ディオ様……夢ですか?これも、また夢ですよね……。それでも、こんなふうにもう一度会えるなんて」


「……置いていってごめん。俺がいなくなれば、きっとリアナは一人で戦うのだと分かっていたのに」


「幻でさえディオ様はやっぱり優しいですね?――ありがとうございます。あと、もう少しだけ頑張れそうです」


「――必ず助けるから。待っていて」


 その言葉に、黒いドレスを着たリアナは微笑んだだけで、答えることはなかった。


 そして、幻だったのか現実だったのかはっきりしないままに、気がつけば私一人が世界樹の聖域に戻ってきていた。


 ディオ様はいつからか私ではなく、私の中にいる誰かを見ていた気がする。たぶんそれは、以前の隠しステージの奥で、黒いドレスを着たリアナと出会った瞬間から。


 それとももっと前から?


 黒いドレスを着たリアナの記憶は、断片的に私の中に残っているから、私と言えるのかもしれないけれど……。


 愛しいという言葉も、必ず守るという言葉も、私を通して私の中にいる誰かへ向けられていた。それはたぶん、私の記憶の中の黒いドレスを着て一人で世界樹の呪いと戦うリアナだったのではないだろうか。


「ディオ様……」


 世界樹の見せた幻か、黒い蔦の見せた世界なのか。今の私には、たくさんの仲間がいて、あの時は誰もいなかった。


 私の中に眠る、黒いドレスを着ていた時の記憶。絶望で塗りつぶされていたその記憶に、救いの光が見えた気がした。



最後までご覧いただきありがとうございました。


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