引きこもり聖女と呪われた聖騎士
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神殿の外れにある塔の最上階は、今日も見晴らしがいい。そこから見える景色が、私はとても好きだ。
「今日も平和で何よりだわ」
7歳の時に聖女の資質を見出されてから、ほとんどの時間をこの塔の中で過ごしてきた。
毎日、世界樹に祈りを捧げていたおかげか魔力はどんどん強くなり、私は名実ともに聖女となった。
(――――引きこもりだけどね)
それでもひとたび有事とあれば聖女としてのお仕事で遠征にお付き合いすることもある。でも、普段は毎日の祈りを捧げてさえいればうるさく言われることもない。
聖女が暇なのは、世界が平和ということでとても良いことよね?と私は思っている。
それに引きこもっていれば18歳の誕生日に訪れる死亡フラグも回避できるはず。
それを心の支えにしながら、今日まで引きこもり生活を続けてきたのだから。
――――そんな決意を秘めた引きこもり生活は、突如として終わりを迎える。
「あ、騎士団。無事に遠征から帰ってきたのね」
今回の遠征は、ドラゴン退治だったと聞いている。練度の高い騎士団であれば、聖女の手を煩わせる必要はないだろうと言われ、私は今回は参加せずに留守番をしていた。
(ディオ様もいらっしゃるかしら?)
聖騎士のディオ様には、遠征のたびに大変お世話になっている。もう前世の名前も思い出せないけれど、転生前から私は根っからの引きこもりなのだ。
たくさんの人と話すのは苦手。騎士団の中でも萎縮してしまう。そんな私にいつも気を遣ってくれるディオ様は、普通にお話しできる得難い存在だった。
ディオ様は、黒い髪と瞳をしている。鮮やかな色をしたこの国の人たちの中、逆にその色はとてもよく目立つ。
それに懐かしい色合いだった。ほどなくディオ様の姿を見つける。
「――――っ、どうして」
いつもならすぐに目があって、天使のような笑顔でこちらに手を振ってくれるはずのディオ様の様子はいつもと違った。
(ディオ様。なんで、仲間に支えられて歩いているの)
俯いているためその表情はよく見えない。でも、その身体に絡みつく黒い蔦のようなものが私には見えた。
…………見えてしまった。
総毛立つ感覚を覚える。あんなにたくさんの呪いの蔦。聖女をしている私ですら見るのは初めてだ。
――――それなのにこの既視感は。
塔の最上階から、勢いよく階段を駆け降りていく。
普段はフラグにあふれた世界から私を守ってくれる、世界樹の加護が付与された長い階段が、今日に限っては煩わしい。
普段から光魔法で無意識に身体強化をかけているので、生身のままでは息が上がる。
とても息苦しい。それでもこの後のことを考えれば、普段気軽に使う光魔法を温存しておきたかった。
塔を降りて、大地を踏みしめる。久しぶりの土の感覚を味わう余裕もなく、私はディオ様のもとに駆け寄った。
「ディオ様!」
私が呼ぶ声に顔を上げたディオ様の顔色は蒼白だった。
「リアナ、大丈夫だから近づかないで……いくらあなたでも」
そう言うディオ様は、微笑んで見せたが喋るのも苦しそうだ。
(早くなんとかしないと……)
近くに来てみれば、呪いの蔦は蠢いていて、その呪いが完全に活性化する一歩手前なのが見てとれた。
(まだ、完全に呪いは定着していない。今なら間に合うはずだから)
ディオ様は私の様子を見て何かを察したのか、首を振ると剣に手をかけた。分かっているのだ、ディオ様は。この呪いを解こうとすれば、聖女であっても無事に済まない確率の方が高いことを。
(そんなのやだ!お願い。また、私の前から居なくならないでディオ様!)
ディオ様が私に笑いかけてくれる。その笑顔が好きだった。引きこもっている時の孤独も、その時だけは癒された。
ディオ様を救ってみせる。
何故だろう、それは以前から決まっていることのように思えた。
無茶なことをしようとしていると理解している。聖女教育の中でも、助けられる命を秤にかけることを学び、実際遠征に参加してもそれを守ったことが幾多あった。
それでも。
「騎士の皆さん。恐らく呪いの解除は苦痛を伴います。ディオ様をしっかり抑えていて」
何かを察したのか、仲間の騎士たちがディオ様を押さえつけた。
「やめっ……リアナ、リアナ!ダメだ。この呪いはっ」
「黙っててください!ぜったい助けますから」
私の体から七色の魔法陣が浮かび上がる。青かった瞳は七色に煌めいていく。それは、私が世界樹に祝福された聖女の証。
気がつくと、辺りは真っ暗になり、ただ目の前に黒い蔦が蠢いているのが見える。
(本当に何故こんなにも絡み付いてしまったの。一度にすべて解除するのは不可能だわ。一番深いところに根ざしているものだけでも)
私の体に蔦が絡まる。それを振り払いもせずに、一番ディオ様の心と体を蝕んでいる呪いを探す。
「見つけた。こんなに細い蔦なのに、心の一番奥深くまで、絡み付いている。これが他の呪いも引き寄せてる。でも……最近の呪いじゃないみたいね」
その蔦に触れた途端、心臓に何かが絡みつくのを感じた。
(うそ。呪いが侵食してきた?こんな失敗したことなかったのに?!ううん、いっそこのまま私の心臓に絡みついてしまえっ)
『ジャマスルノ』
「そうよ……ディオ様を今度こそ守ってみせるの」
『ドウシテ』
そんなの私にもわからない。でも、会えなくなるのはとにかく嫌だった。
完全に心臓に黒い蔦が絡み付いた瞬間。
『イトシイ、ヒト』
泣きながらやっとつぶやいたような声がどこかから聴こえた気がした。
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