その日、サキュバスは連行された
初めてではありますが、初めてじゃないような気もします。
ある日の夜
ザ───…
「ハァ…ハァ…。見つかった…。」
大雨の中、フードを被った少女が人通りのない道を懸命に走っている。
ガッ
「あぅ…。」
ドシャ…
小石に躓き、水溜りのある街道脇の中に身体を打ち付け、痛みが身体を走る。しかし、そんな痛みに耐えながらも立ち上がろうとするが見てしまった。
コツ…コツ…
街道の奥から、顔を見えないように覆う仮面、レインコートを着てブーツを履いている男が近づいてくるところを。
『…不法入国だ。排除する。』
その男が目の前で言い、身体の芯まで凍えそうな声を出して、どこからともなく大鎌を取り出した。少女はそれを見てビクッとして、身体を震わせたその時。
ヒュンッ!
『!』
ガキィ!
男に向かって一本の矢が放たれた。男は当然のように大鎌で落とす。無駄な動作が一切ない。
「そこまでだ。Y。」
「!?」
少女が後ろを振り向くと、もう1人、レインコートを被り、ブーツを履いた男がクロスボウを構えて立っていた。
『…邪魔をするな。D。』
大鎌を持った男が迷惑そうに言う。クロスボウを持った男は堂々と近づき、少女の前に出た。
「邪魔もクソもあるか。こいつはまだ成人していない。それに、抵抗しているようにも見えなかったが?」
『俺から見たら成人だ。それに、こいつは逃げていた。』
「相手の抵抗は攻撃してきたか否かで分けるのが原則だろうが。」
そんなこんな揉めている男たち。
(今なら…逃げられる…?)
少女が立ち上がろうと、足に筋肉を入れた途端…。
「逃げるな。今逃げたら余計にややこしくなる。」
「!」
クロスボウを持った男が振り向かずに言う。
『この期に及んで逃げようとしたではないか。』
「逃げようとしただけだ。逃げてはいない。それに未成年は一度連行するのが原則だ。その場で排除するのは成人のみ…しかも抵抗した時のみだ。」
『そんな緩いもので縛れると思うのか?』
「戦闘狂め…。…今の発言は報告しないでおく。さっさと立ち去れ。」
『……。』
大鎌の男は鎌をしまい、闇夜に消えた。
「…さて。」
ビクッ
クロスボウを持った男が少女に近づき、クロスボウを構えた。
「…む。すまん。しまっていなかったな。」
「?」
そう言ったと思ったら武器が消え、手に変わった。
「立てるか?」
「……。」
少女はその手を無視して、壁に手をやって身体を起こす。
「…言った通りだ。連行する。来てもらうぞ。」
「……。」
雨はいつの間にか止んでいて、少女がフードを取った。
「…サキュバスか…。初めて見たな…。」
男がその少女に警戒しながらも見る。
「…甘いわね。」
「?」
[魔眼 魅了]
キィィィィン
魅了の魔眼で男に術をかけた。
「…これで貴方は私の思うがまま…。さぁ、私を解放しなさい…。」
少女が操ろうとしたが…。
「…何を…言ってる…?」
「!」
しかし、男には魔眼が効かない。
「…どうして…?私の魅了が通じていない…?」
「魔眼か。今のは攻撃の部類に入るが…まぁ見逃そう。何故だという顔をしているな。当然だ。魔眼など効くはずがない。貴様より強力な魔眼を持つ者を狩ることもある。それに耐性がついていないはずがない。それに、まだ貴様は未成年だ。未成年のサキュバスの魔眼など、巨岩に関節技をかけるようなものだ。…とにかく来てもらうぞ。」
男は近くにあるマンホールを開けて、中に入るよう指示を出す。
「こんな薄汚いところに…。」
「あかなめの住処だ。失礼なことを言うな。」
少女が愚痴をこぼし、男が顔を顰めた。
「…君、親は?」
「……。」
「…どこから入国した?」
「……。」
「…どこの国の出身だ?」
「……。」
「…今までどうやって過ごしてきた?」
「……。」
「…なるほどな。」
しばらく歩いたのち、突き当たりまでくる。
「…ここで始末…。」
「…俺はYじゃない。」
ドガッ
ズゥゥゥン…
男が壁を思いっきり蹴ると、壁が倒れた。
「この奥だ。」
倒れた重そうな壁をもとに戻しながら男が言う。サキュバス少女はその扉を不便としか思っていなかった。しばらく歩いたのち、一つの大きなドアに差し掛かる。
「ここは…?」
「中では静かにしろ。」
男がノックをする。
「失礼します。」
男が部屋に入り、少女も部屋に入る。そこは偉そうな人が座っている部屋だった。
「…保護した海外の妖怪です。」
「…見れば分かる。」
偉そうな、小太りした男が面倒そうに見る。
「…Yから聞いた。で?」
「…彼女の親は数年前に何者かに殺され、不法入国以前に元からこの国にいたみたいです。親を失ったショックで幼い頃の記憶がなくなり、東北地方にいたことしか記憶になく、今までは魅了の魔眼を使い、他人の家を転々としていたようです。しかし、人間に危害を加えるような…性については何もしておりません。」
「!?」
男が詳しく言い、何故分かったのか不思議に思い、少女は男を見る。
「…つまり、至急里親を探す他ありません。」
「里親か…。残念だが、もう里親募集の候補者はいない。…D、君の家はどうだ?」
「ご冗談を…。私の家も沢山いまして…。」
「こんな時に保護など…そう思ってみれば、君の家は女性ばかりだな。…ハーレムでも作る気なのか?里親のいない現状を知って、保護して、責任を持つフリをして作る気なのか?」
「そんなことは滅相もありません。それに、国際妖怪法の第一原則として、人間と異種族との交配は禁止されております。」
「そうか…。なら、君が引き取っても問題ない訳だな?」
「え…。…嵌めましたね…。」
「そんなことはない。それとも、例の場所に入れるか?」
「……。」
小太りの男が言い、男が困った顔をする。そして…。
「…君は少し外に出てなさい。」
「え…。ちょっと…!」
バタン
その少女が外に締め出された。
「…そうだな。今の君の判断は正しい。」
「…例の場所…。それは殺処分場ですよね…。」
「…そうだ。現状、綺麗事では渡れぬ世の中…。」
「…年に、ああいう子は数人います。ただ不法入国してくる者もいますけどね…。でも、あの少女は被害者です。5年以上前の…。…我々が処刑隊だった時の…。」
「そうだ。全国各地で活動して、妖怪を撲滅しようとした組織がこの組織だ。…今は政府の方針で、無闇に殺すことはよくないと判断されたんだがな。」
「…その被害者を…私に殺処分場に入れろなど…。出来るはずがありません…。」
「だろうな。知っていた。」
「…もし、私が引き取らなかった場合はどうなりますか…?」
「空きはもうYしかおらん。」
「私が引き取ります。」
男がそれを聞いて、即答する。
「国からの支援金は出ている。…それに、君の場合は特にな…。他の者より多く引き取ってもらってすまないと思っている。」
「本当にそう思っているなら、何とかしてくれませんかねぇ…。」
「それと、新たな国の方針を通達する。」
「はい。」
「…養子が多ければ多いほど仕事量を減らすように…だそうだ。」
「…つまり、私は働かなくて良いと?」
「そういうわけにはいかん。1ヶ月に三度ほどは仕事してもらうぞ。」
「分かりました…。」
「では、手続きは色々とこちらがしておく。少女が雨に濡れて寒いだろう。さっさと家に案内してやれ。」
「分かりました。」
「あっ、それと…。君の本名は明かすな。これは…。」
「国際妖怪法の第二原則ですね。」
「よく分かってる。それと、毛布だ。」
「かしこまりました。では、失礼します。」
男が外に出た。
「……。」
少女は男をじっと見ている。寒そうに震えながら。
「…拭いて被っていろ。」
「わぷ…。」
男は無造作に毛布を渡す。
「ついてこい。」
「……。」
「と言うことで、これから同居人となることになった。少し特殊な家庭だ。気を引き締めた方が良い。」
「……。」
「…逃げようとか思うな。次は本気で狩られるぞ。俺自身、責任持って狩れと言われても面倒だ。」
道中、そんな会話をする。そして、マンションの前に立つ。
「これが俺の家だ。」
「おぉ…でかい…。」
少女が目を輝かせたが…。
「全部な訳ないだろう。来い。」
「え?」
少女は男の後をついて行き、エレベーターに乗る。
「…405だ。忘れるな。」
エレベーターから降りて、廊下を歩く。そして、その番号の前で立つ。
「…一応言うが、大騒ぎするな。何があっても、悪い夢のようなものだ。」
「…え?今なんて…。」
「行くぞ。」
「ちょ、ちょっと…。」
男がドアを開けた途端…。
「おそーい!」
「もう晩御飯出来てるんだからね!」
「残業?お疲れ様。ふふふ。」
玄関から出迎えてくれる面々。1人は小学生くらいで、もう1人は中学生。もう1人は大学生くらいの人だ。中はまだいそうだ。
「…て、何その子?」
出迎えてくれた3人が少女を見る。
「角…逆ハートの尻尾…背中に隠している翼…サキュバスね。あなた。新しい子?」
「!」
少女は一瞬で正体を見破られたことに驚く。
「…新しい同居人だ。歓迎してやってくれ。」
Dが言い、無理矢理家にいれる。玄関の扉が閉まった瞬間…。
ポンッ
「!?」
皆が元の姿に戻った。
「遅い!」
小学生くらいの子は妖精に変わった。特殊な羽を持っている。
「ご飯あっためるから、すぐ食べなさいね。」
中学生くらいの子は吸血鬼に変わった。コウモリの翼と牙が見える。
「大変ねぇ。ふふふ。」
大学生くらいの子は鬼に変わった。2本のツノが髪の毛の間から出ている。
「???」
サキュバスの少女は驚きで声も出ない。
「…言っただろ…。少し特殊だと…。だが、3人だけなら苦労しないんだがな…。」
Dが家の中に入り、手洗いうがい、消毒をする。サキュバス少女も同じようにして、部屋の中に入ると…。
「お父さんおかえ…。お客さん…?」
「パパー…。今日の夜ご飯すっごく不味い…。」
「トマトジュースは少々口に合わないかも知れません…。」
「好き嫌い言わない!出されたものを食べる!」
「口に合わないかも…。」
「……。」
多種多様の女性がいる。
「誰だぁ!トマトジュース不味いなんて言ったの!美味しいでしょ!」
「たしかに、美味しくないよね…。」
「吸血鬼のあなただけよ。ふふふ…。」
そして、彼女たちが揉める。
「…今日から生活して行く仲間だ。せいぜい仲良くしろ。」
「……。」
サキュバス少女はどう反応すれば良いのか今までに無いくらい本気で困った。
この物語は続くか否か…。