二人の父親
国王視点、というか、バイス王国視点です。
バイス王国ーーー
その王城の高層階に位置する、国王の私室から、バイス国王とアリア父が、マーティンを乗せた軍艦が港に入港するのを、苦々しく見ていた。
「国王、マーティン第一王子が帰還したようです。 ・・・ああ、船体の大穴を見ただけでも何があったか想像できるな・・・」
まるで海の魔物に襲われたかのように船の横っ腹に空けられた穴を見て、自分の娘が暴れたのが容易に想像できたアリア父が、ため息交じりに国王に呟いた。
「陛下、マーティン王子が帰国なされました。 如何致しましょう?」
船が丁度入港したのと同時に、影から浮かび上がるように、暗部の兵が姿を現す。
「・・・マーティン王子を、ここに呼び出すよう伝えろ。 拒否するようなら無理やりにでも構わん」
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ーーー今から、数時間前・・・
アリアの父親は、今回の騒動の解決策を練るため、バイス王国国王の下へ赴いた。
その話し合いの場は、会議室、ではなく、機密のための様々な魔術が施された、国王の私室であった。
アリアの父と国王は、立場も身分も違えど、子供の頃から親交のある、幼馴染同士だった。
二人は、いつも、国の未来を左右するような重要な事柄を相談するときは、この王の私室で二人だけで話し合うのが通例であった。
それは、二人がただの高貴な身分の若者から、国王と侯爵家当主となり、人の子の親となった今でも変わらずそうしている。
国を率いる立場になることへの不安、隣国との外交、最愛の人へのプロポーズ、まだ見ぬ我が子への渇望、我が子自慢、アリアがマーティンを大怪我させた謝罪と治療費、アリアが殺した有力貴族の後釜、アリアが更地と化したスラム街の土地再利用方、アリアが地殻変動を起こした土地への対応ーーーーーーーーーーーーー・・・・・・・・・・
・・・そして、今回の婚約破棄騒動も・・・
アリア父と国王が、対応策を、ああでもない、こうでもない、と模索していると、部屋に置かれた家具の影の一つから、スゥー、と音もなく、暗部ーーーその名の通り、表には出ずに影から国の平和と安寧を守る縁の下の力持ち的組織。 各種情報収集から、有力貴族の不正探しや暗殺などの汚れ仕事を専門としている ---の兵が、二人の前に姿を現す。
二人がこうして話し合いをしているときは、一般兵の他に、暗部兵に部屋を守らせており、相談の最中に急な来客や事件が起きると、こうして知らせに来るのである。
「国王様、緊急事態が発生しました」
「もうすでに我が国存亡の危機を迎えておるのに、これ以上の非常事態もなかろうに・・・して、何か?」
「ハッ、我が暗部の兵が、今回の騒動の中心人物である、マリア・クランガル嬢と、接触していたことが分かりました」
暗部兵の口から、自分の末の娘の名が出てきたことに、アリア父は、思わずため息が出た。
「先ほど城外近辺にて、マリア嬢と暗部兵が、影に隠れるようにして話しをする様子を、別の暗部の者が目撃した模様、目撃者によれば、二人はかなり親密にしているように見えたとか。
その者を拘束して締め上げたところ、この者、昨晩の国王様及び臣下のみの会議の警備をしていた者だと判明しました」
暗部兵の報告に、国王は深刻な表情をした。
と同時に、嫌な予感も脳裏をよぎった。
「ふむ・・・して、その者は何が目的じゃった?」
「はい、その者はどうやら、本来の見張りの者と交代した後、『ある人物』を会議の内容を盗聴出来るように手引きしたらしいのです」
「むぅ・・・その、『ある人物』というのは、もしや・・・」
「はい、 『マーティン・バイス第一王子』です」
暗部兵の口から、自身の息子の名が出されると、国王は、疑念が確信に変わったように言葉を発することなく、ただ、目を見開いた。
暗部兵は、言葉を続ける。
「マーティン王子は、会議の会話をしばらく聞いた後、会議が終わる少し前に、その場を離れたとか。
尋問した暗部兵によれば、国王様がーーー
『国外追放』
ーーーという、単語を発した途端に、笑みを浮かべながらその場を離れたとーーー」
暗部兵の報告内容に、背筋に悪寒を感じた国王は、その瞬間、まさか!、と暗部兵が話を終える前に、席を立ち脱兎の如き早歩きで南向きの窓の前に行き、締め切ったカーテンを勢いよく開き、外下を見下ろす。
アリア父と暗部兵も、それに続いて窓の外を見る。
そこには・・・
バイス王国の南側・海岸線には港湾部があり、岸に沿って船着き場や造船所がある。
その中の、一つの波止場から、停泊中の軍艦が、速度を上げて岸から離れていくのが見えた。
その光景を目にした、アリア父は、ハッ、として暗部兵に向き直り、尋ねた。
「・・・おい、アリアは、もしや・・・」
「はい、先ほど、クランガル邸に、第一王子の手の者と思われる兵士が数人、邸宅内に突入する様子が捉えられています」
「で、アリアが返り討ちにした、であろう?」
「は・・・兵士の死体を引きずりながら、波止場へ向かい、自ら船に乗り込んだ姿も・・・」
「やはりな・・・。 あの子は短気だから、たとえ第一王子の独断と分かり切っていても、事態を収束させるために、自分から追放されることを選んだのであろう・・・。 あの子は粗雑に見えても彼女なりに時勢を考えて行動したのであろうに、全く、姉妹姉弟でなぜこれほどまでに違いが出たのか・・・」
長女の思い切った行動に、クランガル父は理解を示しながらも、ため息が漏れた。
「国王様、いかがいたしましょうか?」
「・・・今からでは、間に合わん。 帰ってきたら、奴と話しをせねばなるまい・・・」
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ーーー現在
「この馬鹿者が! 軽率な行動を起こしよって!」
第一王子が自室に来ると、国王は従者を下がらせーーーアリア父は部屋に残らせたーーー人払いをすると、開始直後にマーティンを怒鳴り叱った。
呼び出されていきなり父親の怒号が飛んで、マーティンはうろたえるしかなかった。
「し、しかし、父上・・・」
「言い訳無用! 全く、お前は顔と知性は良いのに頭の回らん奴だ! 自分が何をしたのか、解っておるのか!? アリア嬢がおらねば、我が国の平和と安全保障は、脅かされるのだぞ!」
国王が、自分の息子とオーガ殺しを婚約させようとしたのは、何より自国の民たちを守るためであった。
元々貴族の令嬢にしては、自由気ままで好戦的なアリアは、子供の頃からマーティンを半殺しに、いや、あわよくば全殺しにしようとするほど嫌っており、将来我が国の脅威になり得ると懸念していた。
とはいえ、一番手っ取り早い第一王子との形だけでもの婚約は当然無理があるため、「父親の自分の言うことは一番よく聞く」と言うので、幼馴染のクランガル経由で婚約話を持ち掛けたところ・・・
『あのクズは嫌いだけど、お父様の顔を立てるためならいいよ』
と、あっさり承諾したため、後顧の憂いがなくなって、これで安泰、一安心・・・
・・・と、思った矢先に自分の息子そのものが国の脅威となりうる破壊神を解き放つという、希代のテロリストレベルの凶行を行ったため、その怒りはとてつもなく大きかった。
国の存亡のためなら、自分の息子を処刑しかねない形相の国王に対し、マーティンはビビりながらも減らず口を止めなかった。
「あのような者がこの国にいる限り、この国に真の平和はなかったはずです。 ですが、知っての通り、あの女を始末するのは、残念ながらこの世の誰にも不可能なので、父上の『ご要望』通り、遠くの地に封印するのが最良であったと・・・」
「ワシがいつそのようなことを望んだ? 『この国の平和』じゃと? お前が考えておるのは、『自分の平和』であろう。 アリア嬢から常日頃暴行を振るわれ、その復讐心からの行動じゃろう」
「・・・そ、その、「恨み」については、概ね認めます。 ですが、この国の将来を背負って立つこの私の身に何かあってからでは・・・」
「王位の継承がお前に決まったわけではなかろう、自信過剰も対外にせんか。 お前のように勝手な行動で民を危険に晒すような者に、我が国を託したくないわい。
実際、もうすでに、戦火の脅威がすぐそこまで迫っておるのだしな」
「え? それはどういう・・・」
国王の呟きに、マーティンは素っ頓狂な声を上げる。
息子の能天気と馬鹿さ加減に、もうこれ以上失望させんなよ・・・、と言うようなため息をつくと国王は説明した。
「お前たちが起こした騒動の噂が、想像以上に国中に広まるのが早かったということだ、他国にもな。
暗部の者の情報によれば、今日未明、隣国の『リバティー皇国』から、大陸間にある『大海橋』を不信な馬車が通過したとの情報が伝わっておる。 その者が接近して調べようとしたところ、魔力通話が途切れ、現在も音沙汰無しとのことじゃが、恐らく、兵士を満載した軍事馬車の可能性が高いじゃろう」
リバティー皇国は、バイス王国と同じく、一つの大陸を統治ーーー この世界は、いくつかの大陸が、群島のように分布しており、それぞれの大陸をいくつかの国が統治しており、近年になって大陸間の行き来に、大陸間の海を越える巨大な橋が作られている ーーーしている大国で、バイス王国とは大昔から争ってきた因縁深いところだ。
現在は、関係が改善してきていたが、最近再び関係が悪化し、開戦の危機に立たされていた。
「皇国の奴らが? 何故です!? あの国とは平和条約を結んでいたはずでは・・・?」
「・・・お前って奴は、どこまで能天気なんだ、自分とは無関係のような顔しおって・・・。 皇国との関係悪化は、お前の無礼が原因なのだぞ」
詳細は省くが、バイス・リバティー間の開戦の緊張が高まった、ほぼ100%の原因の息子がアホ面下げてることに、バイス国王は、心の中で非公式に失望した。
「他国の侵攻を阻む抑止力として働いていたアリア嬢がいなくなったことで、他国の侵攻を許し我が国の平和を脅かしたお前たちの行動は、国家反逆罪に問われてもおかしくないのだぞ」
「別に問題ないでしょう。 我が国には聖騎士団の精鋭たちが揃っていますから」
「あんな形ばかりの貴族の弱男の集まりが、実際の戦闘で戦えると思うか? アリア嬢に触発されて、最近メキメキ実力を伸ばしている、女性兵士中心の部隊の方が、まだ期待できるわ」
親友が所属している精鋭部隊の実力を疑問視された上に、アリアの影響で、力のある・武器を持って戦う女性に忌避感を持っているため自分が見下している女性兵士の隊の方が評価されていることに、マーティンは思わずしかめっ面をする。
「しかし、父上・・・」
「あーあーあー、もうよい。 もう喋るな。 この先の事を思うと頭が痛くなってくるわい。
とにかく、これ以上自分の評価を下げられたくなければ、しばらく部屋で大人しくしておることじゃ」
「しかし父上。 二日後には、私の即位式があるはずでは・・・」
「そんなもん中止じゃ、この馬鹿モン! この危機的状況で何を考えておる! 状況が落ち着くまでは、お前には何もやらせん! それまでの間に、せいぜい弟に継承権を奪われんことでも考えておくのだな」
「トレバーが即位!? しかしあいつは、マリアとそう変わらない歳ですよ!」
「関係なかろう。 この国の守護神を追い出し、その妹の、自分の弟と大差ない歳の娘と婚約するお前にとってはな。 あやつは治世ですでに一定の成果をあげておるしな。 あやつの考案した・・・『テツドウ?』という新しい移動手段の開発計画も上手くいっておるようじゃしな。 お前が推しておる、『浮空船計画』とは違ってな」
「グッ・・・! 父上・・・!」
「もうよい、下がれ。 これからのことを色々考えねばならん。 お前もこの情勢下で、自分に何が出来るのか、何をすれば良いか、よく考えておくことじゃな」
そう言って国王は、マーティンを部屋から追い出した。
自分の部屋に向かう途中、マーティンは全く懲りずに心の中で呟いた。
(まあ、いいさ。 時間が経てば父上も私の正しさを理解してくれるはずだ)