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手間のかかるガキだ

「それにしても、本当に良かったな、リン。 子供が出来て」

「ふふっ、はい!」


村の若い衆と、そう会話しながらリンは、自らの腹部を愛おしそうになでる。

リンの腹に無事子供が出来たことは、妊娠した当人だけでなく、村人全てが歓喜し、祝福した。

それだけ、新しい命の誕生というのはめでたいことであり、希望であった。


「まだ実感はありませんが、セインの民の未来を育むことが出来て、私、感激です!」

「そうだな。 だから、狩りとかにはついて来るなよ、お前は妊婦さんなんだからな」


採取した薬草の束と仕留めたキラー・ベアを担いで狩りから戻った、アリアがそう言う。


「ですが、アリア様に何もかも労働させてしまうのは・・・。 せめて私もお手伝いを」

「だから無理すんじゃねぇって! 家で大人しくしてろ」

「アリア様の言う通りじゃ、リン。 その身に子を成した者は、危険から己を遠ざけ、いずれ産まれ来る我が子を守らねばならん。 皆の役に立ちたいというお前の気持ちは分かる、じゃが、明日の未来を築いてゆくために、今は安静にしておくことが重要じゃ」

「はい・・・分かりました」

「それでいい。 お前の赤ちゃんを守って無事に出産することが、お前が出来るこの村にとっての一番役に立つことだからな」

「・・・はい! 頑張ります!」


『皆の役に立てないかも』と意気消沈したリンは、アリアの言葉を受けて、元気を取り戻した。



「ふーん。 あんたみたいなバケモノでも、人の身の安全を気にかけれるんだ」


そう、アリアに声をかけたのは、リンとは別の村の女性、こちらもリンと同じく美女である。


「あたしにだってそんくらい出来るっての。 お前あたしを何だと思ってんだよ」

「破壊神」

「まあ、よく言われるよ」

「ほら、言われるんじゃない」



この村には、リン以外にも若い女性が数人程暮らしている。

その内、リンと同じく前女王の娘で、リンの妹である女性が、この『ショーンディ』である。

容姿は、リンの妹とは思えないくらい長身でスラッとしたモデル体型で、性格はサバサバしながらアリアと同じく好戦的な気質がある。

オーク襲撃の際は、村の防衛のため、武器を持って戦い、オークを一匹仕留めるが、負傷したため後退し、その後、アリアの殺戮ショーを村の者たちと見届けている。


そしてこの場にはいないが、前女王の娘で三女の『キンジー』がいる。

族長曰く、彼女は考古学に強く惹かれており、この島にある数々の遺跡を調べて回っているらしい。


そしてもう一人、前女王の子供で、一人息子ーーーつまりリンたち姉妹の末弟ーーーがおり・・・



と、その時。


どこからか、石のようなものが、アリアの頭目掛けて飛んできた!

だが、アリアはそれをノールックでキャッチする。

掌に収まった石を見ると、アリアは石が飛んできた方向へ歩く。

村の中にある木の一つの下まで来ると、上を見上げて石投げた張本人へ声をかける。


「おい、そこにいるのは分かってんだ。 出てこい」


だが、木の上からは返事がない。

応答がないのを知るやいなや、アリアは足払いで木の根元付近を一撃で蹴り飛ばしーーー傍から見れば蹴った部分が抉るように消滅したように見えーーーた。

支えが細くなった木が、抉られた部分からバキッと折れ倒れた。


「う、うわあああああああああああ!?」


倒木の瞬間、木の葉の中から、少年が振り落とされ、湿った地面に背中を叩きつけられる。


この少年こそ、リンたち姉妹の末の弟、『セイ』である。


「セイ!? 大丈夫!?」

「まったくあの子は・・・何やってんだい」


リンは心配し、ショーンディは呆れながらも、地面に激突した弟の元へ走り出す。


「くっ、くそっ!」


一方のセイは、落下の衝撃が身体に残っている中で、アリアに向かって石投げ攻撃を続行している。

アリアはそれを余裕で避ける。


「そんなもんであたしを殺せると思ってるのか?」


「セイ、何をしてるの!? 止めなさい!」


姉に取り押さえられ、セイは石投げを止めた。


「姉さん、放してくれ! そんなヤツの言いなりになっちゃダメだ!」

「こ、こりゃ、セイ! アリア様に、我らの新たなる女王に無礼であろう!」

「新たな女王だって!? 冗談じゃない! こんなどこから来たか分からない女を、母上の跡継ぎにして崇めるなんて、どうかしてるよ! こうなったら、僕がみんなの目を覚まさせてやる!」


セイは、そういうと、リンが手を緩めたスキに走り出し、森の中に消えた。


「あっ、セイ! ・・・・・・アリア様、私の弟がとんだご迷惑を・・・」

「気にすんな。 しかし、えらく嫌われたもんだな」

「セイはまだ子供なのよ。 でも、気持ちは分からなくもないけど・・・」

「セイは、前女王---私たち姉弟の母の死を、その目で見届けています。 幼いセイにとって、それが私たちよりも深い傷跡になっているようで・・・。

村の皆を助けたい、力になりたいと、私以上に思っていて、皆さんが傷ついたり、死んでいくさまを見るたび、非力な自分を責めることが多く・・・」

「そんでそこに、ぽっと出のあたしが女王になったから、やり場のない怒りをぶつけているわけか、

 さて、どうしたもんか」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「姉さんたちも、族長も、みんなも、なんであんな得体の知れない女に付き従っているんだよ・・・!」


村から離れた森の中、セイは一人すねたように疑念を吐いた。

セイは理解が出来ない。

何故、こんなに易々と新しい女王なんて出てきたのか。

何故、姉のリンは、村に来て間もない者と子供を持ったのか。

みんな、母上のことを忘れてしまったのか。

あの女に力で従わされているのではないか。

幼い少年の心には、疑心暗鬼が渦巻いていた。


「司祭さまの預言通りと言われても、納得できないよ!」


セイは、当たり散らすように木の幹にこぶしを打ち付ける。

太い幹を持った木々は、ただ、しんとした沈黙を返すだけだった。


・・・と、ふと、木の葉を揺らす風の中に、妙な気配が混ざっているのを、セイは感じ取った。


幼く、力の無い身と自覚しながら、それでも村民たち力になりたいと、若年ながら男たちの狩りに同行し、獣や魔物の気配を感じ取る術を、セイは会得していた。

気配の位置は、村の反対、少し離れた、湿地帯手前の森付近。

獣のような静けさはなく、荒々しい乱雑とした、魔物の気配が、漂ってくる。

こういう時、普段なら村人たちに、その存在を伝えに行くのだが、今のセイは、それをする気にならない、したくはなかった。

女王の座を簒奪した女に腑抜けている男たちを、頼る気持ちは微塵もなく、たった一人で魔物の方へ向かって行った。

自身の力を示せば、みんな、以前のようになる、この状況を打開できると信じて・・・。





「探セ! 仲間ノ仇ヲ見ツケテ殺セ!」


木々を伝って森の奥まで来ると、そこにはやはり魔物ーーーオークの姿が、それも複数体の大群が何かを探してうろついていた。



「・・・あいつ、オークは全滅させたんじゃなかったのか? やっぱり、信用できない・・・!」


高い木の枝の上から、地上の魔物たちを見下ろしているセイは、一人悪態をつく。

湿地帯付近の森は、昼間にも関わらず薄い霧で覆われているが、いくつかの狩りを経験したセイにとっては、木の上からでも、オークたちの位置と動きがよく見えた。

相手の気配を探知する能力の鈍いオークは、僅か数メートルの距離でも、死角にいる人間の気配に気付くことはなかった。

この状態で奇襲攻撃を仕掛ければ、オークといえど一撃で撃破は可能であろう。


だが、セイ一人に対しオークは多数。

勢いのまま飛び出したセイの懐には、小動物を狩る時などに使う短剣しか持っておらず、一般人の感覚なら人員も武器も不足しているとしか思えなかった。

力を示すと意気込んでいたセイも、この場に及び、果たして自身の力で仕留められるのか、やはり仲間の力を借りた方が良いのではないかと、思い始めた。

だが、村の救世主になると、亡き母の意思を継ぐと、それを原動力に再び意気込むと、少年は魔物の一匹一匹を観察し始める。

狩りの基本は、狩人により方針は違えど、初心にとって重要なことは、己との実力を見極めること。

その判断が出来なければ、ただ無策に命を捨てるだけ。

セイは、木々の枝を軽々飛び移りながら、攻撃対象を選別した。






ーーーオークの一団から、少し離れた木々の間・・・



「ハァ・・・! ハァ・・・! ヤッた・・・、仕留めタ・・・!」


粗い呼吸をしながら、オークの子供が、サーベルタイガーの脳天を、その手にした石斧で、叩き割ったところであった。

腰みののみを身に着けたその身体には、小さな切り傷がいくつか刻まれ、しかし強靭な生命力で古いものから徐々に治ってきていた。

その子供オークには、通常のオークと違うところがあった。

その身体は、オークと同じ緑色で筋肉質だったが、肉付きは人間の小児と変わりない程度で、その頭も、特徴的な垂れた尖り耳を持つが、人間の子供くらいの大きさで、顔も幼い人間の顔そのものであった。

このオークの子供は、オークでありながら、その容姿は人間にとても近かった。


周知の通り、オークは他種族の女性を攫い、犯して、子を産ませることが多々あり、その際、他種族とオークのハーフ、もしくは他種族寄りの容姿や能力を持った個体が生まれてくることがある。

その際、オークたちは、その個体を同族と認識するも、純粋なオークよりも能力ーーーオークはパワーと戦闘・人格面での攻撃性を重要視しているため、それ以外の能力が優れていてもーーーが劣るため、冷遇することが多く、放置や戦利品の少給はまだしも、産まれた瞬間に処分することもあった。


とにかく、このオークの子供は、人間とのハーフの子で、能力の低さから仲間から邪見に扱われ、それでも戦力として群れに身を置かれている状態だった。


そして彼は今、仲間と共に彼らの仲間をむごたらしく殺した犯人を捜しに、この湿地帯に連れてこられ、仲間と別れ探索中のその最中、生息していた獣に襲われ今撃退したところである。

オークの子が、まだじんじん痛む傷を手で押さえながら、ふう、と息を吐きだすと、同時に、くぅ、と腹の虫が空腹で鳴いた。

食事は昨日の夜に、苦い内臓と貧相な骨肉をかみ砕いただけ、朝になったら仲間から叩き起こされここに連れてこられて、朝食はない。

子オークは、周りをキョロキョロ見渡すと、自分の仕留めた獲物に向き直る。


「ボク一人で食べテも、イイよネ・・・」


そう思うが早いか、子オークは石斧で器用にサーベルタイガーの毛皮を剥いでいく。

その赤い獣肉が外気に晒されると、子オークはそれを切り分けることもせず、豪快にかぶりついた。

その光景は、彼が人間の子のようなあどけない幼さを感じる風貌であっても、見る者に野生を感じさせるものであり、彼自身、肉を噛みちぎり咀嚼するごとに、生きる幸せを感じ取っていた。





ーーーだから、その彼の頭上に、見下ろしている視線には、全く気付かなかった。





セイは、食事に夢中な子オークの背に音を潜めて近づくと、腕で首を一気に締め上げた!


「ウグッ!? ゴボッ!・・・ッォァ・・・!」


全くの油断したところに、急の衝撃が加えられた子オークは、咀嚼していた獣肉を血反吐のように吐きだし、呻いてもがく。


「・・・ァア! 苦しイ・・・! 助ケて・・・! 助けテ・・・!」

「うるさい!だまれ! 村の皆を脅かす邪悪な魔物め! 今まで何人の人間をその手にかけてきた!?」

「ウぅ・・・! ニん、ゲン・・・? こレが・・・、君ガ、人間・・・?」


実のところ、これがこの子オークにとって産み親以外の人間との初邂逅であった。

まれに見る最悪のファーストコンタクトである。


「そうだ! そしてお前はこれから、お前たちが侮ってきた人間の手で殺されるんだ! さあ、そのことを恐怖しろ!」


セイは、そう言うと、自分と同じ年ごろの異種族に、今まで自分や仲間が感じてきた恐怖や怒りを吐き出すようにぶつけると、腕の、首を絞める力を強めた。


「・・・ァあア! イ、ヤだ・・・! 死二、タくなイ・・・! 助けテ、誰カ・・・!」


子オークは、己の身に迫る死の恐怖に怯え、呻きながら、片手で首の拘束を放そうとし、空いた手と両足を必死にバタバタさせた。

子供といえどオーク、力は人間の同程度の年齢の子供と比べ物にならない。

首を拘束している腕をひっぺ剥がそうとすると、オークの腕力で骨がミシミシ軋み、ばたつかせている手足も狙ったものではないにしても、身体に当たる度にイノシシの突進のような衝撃を受け、足の骨が砕けそうな感覚が走る。

だが、それでも、子オークが命乞いをしても、セイは相手を仕留める意思を揺るがせない。

全ては己の一族のため、王となるための力を示すために・・・。



事態は、どちらかが斃れるまで膠着すると思われたーーー



ーーーだが・・・






「クソガキガ・・・、何ヲ騒イデヤガル・・・?」








「それで、あたしを呼び出すために、逃げ帰ってきたのか?」

「ああ、セイの姿が見えた時には、既に・・・。 助けに行こうと思ったけど、でも・・・」


セイを捜索していた中で、その姿を見つけた村人は、アリアにそのことを伝える言葉の途中で、息が詰まったように黙った。

その表情には、悔しさと不甲斐なさがにじみ出ていた。


「いや、お前の判断は正しい。 はっきり言って、今のお前らのクソヘボな実力じゃ、返り討ちに会うことは分かり切ってるからな。 よくやったな、カルロス」

「狂暴なオークに捕まったら何をされるか・・・! すぐに助けに行きましょう!」


斜め後方から聞こえるつい最近妻になった女の声を聴いて、アリアは、村人から話を聞きながら現場に向かっていたその足を止めて、声の方向へ振り向いた。

着の身着のままでついてきて、持ちなれないのか狼牙棒の穂先を地面に引きずりながら持っているリンの姿を見て、アリアは呆れたようにため息をついた。


「危ねぇことにはついてくんなって言ったろ?」

「すみません・・・、ですが、弟の身に危険が迫っているとあっては、居てもいられず・・・! お願いします、大切な家族を、私も守りたいのです!」


弟のために必死に食い下がる、そんな姿を、かつてウェイマリアを、脅威から守ろうと奮起した自分の姿を写し見たアリアは、ふっと息を吐き出すと、その意思を汲むことにした。


「・・・分かった、だが、ちょっとでも危険だと思ったら、有無を言わさず村に投げ返すからな」

「はい、それで構いません」

「いいのか!? っていうか、投げ返すのか!?」


カルロスのツッコミを流しつつ、一行は湿地帯へと歩を速めた。




「ギャハハハハハ! 愚図ナ餓鬼ガキデモ、タマニハ役ニ立ツゼ! コノ人間ノ餓鬼ガキヲ、トッ捕マエル事ガ出来タカラナァ!」


一方湿地帯では、オークのリーダーが、セイの両腕を掴んで持ち上げ、後ろのオークの群れもそれを見てゲラゲラウホウホ笑っていた。

セイは、捕まったときに殴られたのか、全身に痣や傷が付けられ、痛みで気を失いかけていたが、それでも抵抗を続けようと動く手足をジタバタさせている。

セイと一緒にいたオークの子供は、地面にへたり込んで絞められた首を押さえながらただ咳込んでいた。


「クッ、怪物どもめ・・・! ま、まだ終わってないぞ・・・!」

「ギャハハハ! 活キノ良イ餓鬼ダゼ。 後デチャント死ヌマデ痛メツケテヤルヨ!」



セイに迫る絶体絶命の危機!


そこへ、アリアと村の仲間たちが到着した!



「ああ、セイ! 大丈夫!?」

「この薄汚い緑豚共、セイを放しな!」


二人の姉は、果敢に武器を構え、オーク達に相対する構えを取った。


「ン~? オ前ラ、コノ餓鬼ノ姉弟カァ? ゲへへへ、生キノ良イ雌ダゼェ・・・!」

「くっ、姉さんたち来ちゃダメだ! 殺すんなら早く殺せーーー!!」


「下がってろ二人とも、あたしが殺る」


アリアは、手でリンとショーンディを制すると、何の躊躇いもなくセイを人質に取るオークの集団に近づいていく。


「おい、豚ども。 そのガキを放せ」

「ナンダァテメェハ? コノ餓鬼ガ、ドウナッテモイイノカ?」


接近するアリアを、オークはセイを片手で首絞めながら前に掲げる。


「ガタガタ言ってねぇでそのガキ放せってんだ、てめぇらの目的はあたしだろう」

「オォット、ソレ以上近ヅクト、コノ餓鬼ノ首ガ飛ンデ行クゼェ!」


ひるまず接近し続けるアリアに、オークはセイを肩まで引き寄せ、首元に手斧の刃先を近づけた。

城の兵士の剣に比べて粗末な得物だが、その刃は研がれて、子供の柔肌を簡単に引き裂くように見える。

アリアも、一端足を止める。


「コノ辺リニ、俺達の仲間ヲ皆殺シニシタ人間ガイルハズダ。 ソイツヲ連レテ来ネェト、コノ餓鬼ヲ、ブチ殺スゾ!」


「じゃあ、あたしが目的だな。 つべこべ言わずにさっさとそのガキ解放しな」

「ナンダテメェ、誘ッテンノカァ? ヨォシ、俺達ノ仲間ヲ満足サセタラ、コノ餓鬼ハ返シテヤルゼェ、オイオ前、アノ人間ノ雌ヲ可愛ガッテヤリナ」



リーダーオークに命じられた一匹のオークが、下種な笑みを浮かべながら、アリアに近づいていく。

仲間のオークからも、下卑た笑いが上がっている。




「ゲへへへへへ、威勢ノ良イ雌ダゼェ。 コレカラタップリ可愛ガッ (ズギュギュッ) 痛ッッテェ!? ナ二シヤガルコノア (ぶちぶちィッ) マァアアアアアアアアアアアアア!?!?」


オークが自分の顔の近くまで近づいて来ると、アリアは何の迷いもなく指を、片手の指を、オークの両目目掛けて突っ込んだ!

眼球に指一本の圧力をかけることによるただの目潰しではない、人差し指と中指を左目に、薬指と小指を右目に、それぞれの指の間に眼球を挟み込むように突っ込んだのだ!

そして、指で眼球を掴むと、指を一気に引っこ抜いて、オークの眼球を引きちぎったのだ!

アリアの掌には、オークの二つの眼球が、飴玉のようにゴロンと転がっていた。



「イ”テ”エ”エ”エ”エ”エ”エ”エ”目ガア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”何モ”見エ”ナ”イ”イ”イ”イ”イ”イ”助ケ” (ゴドァアッ!) ギィアアアアアア!!!」


アリアは、引き抜いたオークの眼球をその辺に投げ捨てると、間髪入れずに、攻撃の動作も瞬間も見えない速さで、痛みで悶絶するオークの背に拳を打ち込む!

アリアの拳は背中から胸板を貫通! 大量の血液、肉塊、骨片と共に、オークの心臓を体外へ弾き飛ばした。

オークの側から見れば、突如として仲間の胸から人間の腕が生えてきたように見えただろう。


突然の仲間の死に、オークたちは呆然と、仲間の血を浴びることしか出来なかった。


「・・・・・・ウ、ウワアアアアアアア!?!? ナンダァ!?何ガ起コッタァ!? オ前ソイツ二何シタァアア!?」


一拍置いて仲間の死を理解したオーク達は、驚愕し、浴びせ血を拭うこともせず、恐怖と困惑を持って仲間の死体とアリアから後ずさり、またはへっぴり腰を抜かして四つん這いで距離を取った。


「お前らの仲間を皆殺しにしたのは、このあたしだ」


オークの胴体から腕を引き抜きながら、アリアは淡々と告げた。


「巣にいたお前らの仲間、数百匹、お前ら以外の全てを、あたし一人の手で殺した。 そこのセイガキも後ろの村人達ヤツらも関係ない、このあたしだけだ。

あたしは関係ねぇヤツを巻き込むのは嫌いなんだ、さっさとそのガキ解放しな。

まさか、お前ら程の力持った魔物が、高々人間の女一人殺すのにガキを盾にしなきゃ勝てないなんてことないよな? あたしが苦しみもがいて死んでゆく様を見る楽しみをふいにしたかないだろ?

来いよ豚共、あたしと殺ろうぜ。 もっとも、お前ら豚肉共にそんな度胸ないだろうがな」


アリアはそう言ってオークの群れを挑発した。

馬鹿な悪ガキのような薄っぺらいプライドを持った種族相手に、これだけ煽れば簡単に平静を失って感情的になるだろう。

相手が人質を取っている状況なら、さらに厄介な状況になりかねないが、卓越した武術家にとってそのような相手は赤子の手をひねるくらい簡単なものであるーーーまあ、アリアにとっては、どんな状況も小細工も、全て正面から粉微塵に潰すので関係ないが。

だが、これでオーク達が挑発に乗り短絡的な行動に出れば、後は楽なものだ。

これで今回の騒ぎも収束するだろう。


かと、思っていたが・・・




「ク、来ルナアアアアアアアア!! バケモノメエエッ! コ、コレ以上近ヅクト、コノ餓鬼殺ス!!!」


・・・大勢の仲間が殺された事実と簡単に肉体を破壊出来るその力を持つ女を目の当たりにして、もうすでに種族のプライドも闘争本能も打ち砕かれ、オーク達はもはや生き残るための腰抜けの手段を行使するぶたさんの群れに成り果てましたとさ。


対峙した魔物のそんな行動を見て、アリアは脱力して構えを解き、興冷めだと言わんばかりのため息を吐いた。


「・・・チッ、腰抜けが。 所詮は豚か、大陸のオークの方がまだ根性あるな」


もう普通に近づいて殴り殺そう。 そう思って豚の集団に近づこうとするが・・・


「クルナッ、クルナアアアアアッ!! コノ餓鬼殺スウウウウッ!!」


オークは完全に恐慌状態に陥って、セイの首を尚更締め上げ、手斧の刃が皮膚に当たらんとするくらい近づけて後ずさった。


「・・・う・・・ぐ・・・っ!」


自分の喉を、唾も飲み込めない程、微かな空気の通る隙間くらいしかないほど締め付けられて、セイは苦しそうに呻いた。

実姉二人も村人たちも、それを心配そうに見ている。


アリアはさらにガッカリしたような、うんざりしたような顔をして、オークに語りかけた。


「なあ、あたしらは、今お前らが捕まえているガキを返してほしいだけだ。

 今すぐにそいつを放せば、今日のところは見逃してやる」


アリアの言葉に、セイは目を見開いて疑いの目を向けた。


「・・・う・・・な、なにを・・・!」

「セイ、ここはアリア様に任せましょう」


セイの言葉を、リンが優しく制した。

アリアが、言葉を続ける。


「そのお前らが捕まえてるガキを村の奴らに返してやれば、こっちからーーーあたしらの方からお前らに近づくことすらしねぇよ。


               だ   が   、


そのガキを解放した後に、この後すぐだろうと、明日だろうと一週間だろうと一か月だろうと一年先だろうと、あたしや村の連中を襲おうとするもんなら、

その時はもう遠慮しねぇぞ。 そこにいるお前らの仲間と同じように、素手でバラバラに引き裂いてやる。

本当に死にたくないんなら、お前らみたいなマヌケな豚でもイカダ作るくらいのアタマとウデはあるだろ、それ使ってこの島から出て行って、遠い大陸にでも逃げ込むんだな」


「ウソダ! ソンナ事言ッテ騙セルト思ッテイルノカ!? 人間ドモ一歩モ近寄ルナァッ! 俺タチガ離レルマデ、少シデモ近ヅイタラ、コノ餓鬼ヲ殺シテヤルカラナァッ!」


オーク達は、セイを人質に捕ったまま、ジリジリと距離を取っていく。


「不味いわ、あいつらセイを人質にここから逃げる気よ」

「もしここで見逃したとしても、凶暴なオークの事、セイを無事に解放するとは思えません」


リンとショーンディがそう懸念を話すと、アリアは淡々と



「そうだな、じゃあもう殺すか」


と、答えた。


「ですが、こちらから近づいたらオークたちはセイを害しますし、投槍や弓矢で攻撃しても、もしセイに当たったら・・・」

「大丈夫だ、『コイツ』を使う」


そう言ってアリアが懐から取り出したのは、歯、人間の歯だ。 形からして奥歯であり、そして通常の物より一回り大きいそれは、


この島に来る前、船の上でマーティンから引っこ抜いた「親知らず」であった。


「ナ、ナンダァ・・・? ソンナ小ッコイ石コロデ、俺タチヲ殺ルッテカア、ゲハハ・・・!」


アリアが取り出した物を見たオークは、勝ちが確定したと判断したのか、余裕を取り戻したのか、しかしまだ表情は固くぎこちなく、口元を二ィ、とにやけさせて嘲笑った。


と、思ったのもつかの間、アリアはその歯を、持った腕ごとオークの一匹もいない真横に向け、デコピンの要領で弾き飛ばした。


「あ、あれ? 普通に捨てた・・・」

「それ使うんじゃないんですか、アリア様!?」



「ギャハハハ!! バカナ野郎ダ! ソレデ、俺タチヲドウ殺スカ、見セテモラオウジャ (チュン!) ゴボボ。 ゴボ? ゴアア!? ゴガアアアアアアア!?!?」


アリアを馬鹿にして笑っていたオークの下顎が、突然吹き飛んだ!

突然のことに、顎が吹き飛んだ張本人はもちろん、周りのオークたちも、村人たちも驚いている。


「オ、オ前、ドウシタァ!? ア、顎ドコ二ヤッタ!? (チュオン!) ポウ!?」


仲間の顎が吹き飛んで、動揺しているオークの眉間に血しぶきがあがり、後頭部に向かって真っすぐ風穴が貫通した。


「ナ、何ガ起コーーータワッ!」

「テ、テメェ一体何ヲシーーーグアア!? 腕ガアアアアア!!!」

「野郎、殺ラレル前二ブッ殺ーーーグプッ」


どこからともなく飛んでくる謎の攻撃に晒され、オークたちは立ち尽くすも身構えるも関係なく身体の至る所に穴を空けられ、血を噴き出して斃れていく。


「ウ、うわアアアアアア!? 呪イだアあああ! タタりダあああああ!!!」


オークの子供は、見たこともない超常現象に怯え、両腕で頭を抱えて、姿勢を低くして地面に伏せた。

仲間の血しぶきや吹き飛んできた身体の部位が背中に当たるのを感じながら、彼はただひたすらこの『嵐』が過ぎ去るのを祈るしかなかった。





一方の、その場に居合わせたセインの民たちも、非常に困惑した様子で、唖然とオークの集団が粉微塵にされる様を見ていた。


「す・・・すごい。 アリア様は、あのような魔術を使えたのですね」

「いや、あたし、素手殺ステゴロとか石投げは得意だけど、魔法は子供の頃から、からっきしなんだよな。 一番レベル低い魔法でも魔力溜めるのに時間かかるし」

「じゃあ、あれは一体・・・?」

「よく目を凝らして見てみろ」


そうアリアに言われ、村人たちは、族長姉妹弟の末弟が人質に捕られてる状況を忘れて、オークの虐殺現場を観察した。



「チクショウ足ガ!! ナンダコレーーーゴポポ!」

「ドドド、ドッカラ攻撃シテ来クンダァ!? ゲアッ!? 背骨ェッ!!」

「ゼヒュー、ゼヒュー・・・・・・ピォウン!・・・・・・ガラガラガラガラ・・・」


肉が千切れ飛び、血が花びらのように舞う地獄絵図、オークが死のダンスを踊るその中に、何か白いものがチラチラ映る、気がする・・・。

幻覚か? 錯覚か? いや、確かにそれは、存在する。

オークの集団の中を、何か白い小さい虫のようなものが、飛び交っている。

その正体を見破ったのは、村人の中でも少数だったが、正確にそれの形を捕らえていた。





「見えた! ・・・あれは、歯?」

「抜けた歯・・・に、見えるわね・・・」



そう、オークの身体をぶち破っていた物の正体は、歯。 歯だ! 人間の歯。 奥歯。 親知らず。

そう、それは間違いなく、アリアがさっきデコピンで飛ばした、高貴な身分の者の歯である。


アリアは、ただの気まぐれで、歯を弾き飛ばしたわけではない。

飛翔した歯は、その後、木の幹にぶつかった。

その際、歯は砕けることなく、木に刺さることもなく、そして、木事態が破壊されることもなく、速度を維持したまま、跳ね返ったのだ。

そして歯は、オークの下顎に直撃、貫通、破壊。 僅かに軌道を変えつつも、速度を落とさず直進。

他の木にぶつかり、再び跳ね返る。

そして今度はオークの眉間に・・・。

それを繰り返すことで、四方八方からの遠距離攻撃を可能としていたのだ。


「ポグォア!?!? 俺ノ、タマガアアアアアアア!!!」

「ヒッ! ヒィィィィィ!! ハ、早ク逃ゲーーーアロッ!!・・・・・・・・・」

「ダズゲデエエエエエ! 血ガ、血ガ止マラナイィィィィッ!!!」


「ナ、ナンダッ!? クソッ、一体ドウナッテヤガル!!?」


オークリーダーは、平静を保とうとも、あからさまにうろたえていた。

この場の優勢は確かにこちら側にあったはずだ。

それが今は、この群れが、自分たちの種が、一刻一刻と絶滅に向かって歩かされている。

そうなったのは、あの人間の雌が、さっきの段階で、何か姑息な術か罠かを仕掛けたからに違いない。

しかし、それが分かったところで、この状況を覆すような策略はなにもない。

女の妖術で、仲間は一人ずつ、確実に、削り取られるように、殺されていく。

立ち向かう者も、我先に逃げようとする者も、分け隔てなく皆殺しにされている。

人質を抱えているからか、自分はまだかすり傷一つ受けていない。

だが、やがていつかはと、嫌な気配が、首の肉をひっかいてそぎ取るように纏わりついてくる。


ならば、自分のやることは一つ。


抗うことも、逃げることも出来ぬのならば、せめて人間共に絶望を与えてやろう。

たとえ群れの全てを薙ぎ払われようとも、強者の愉悦を味わうことなど許さん!

嘆き悲しむ悲鳴や、絶望の表情を見られれば、それで本望!


オークリーダーは、セイの首を刎ねようと、手斧を持った腕を振りかぶった。



その時だ!




ドギャオッ!


オークリーダーの肩に、高速で飛び回る歯が、後ろから前へ貫いた!


肩は、爆発したかのように吹き飛び、その先の、斧を手にした腕が、振りかぶった勢いのまま、宙へ飛んでいく。


高速で飛ぶ物体に肉体を貫かれる、肩が粉微塵に吹き飛ぶ、腕が喪失する、それらの痛みが、ぞっとするような感情と共にオークに襲い掛かる。

一瞬停止する思考、だが、ならばと、オークリーダーは抱えている腕で首をへし折ってやる、と思った瞬間!


グバドシャッ!


前方の木の枝から跳ね返ってきた歯が、残った腕を、人質を持った腕を、首根っこ、肺の一部と共に吹き飛ばし、身体から切り離した!


「グギャアアアアアアアアアアア!!!」


両腕の感覚が無くなると同時に、激痛が襲い掛かり、オークリーダーは苦痛の雄たけびを上げる。


そして、前を見るとそこには・・・




十歩以上離れたところにいた、人間の女ーーー仲間のオークをいとも簡単に殺し、群れを全滅させた女が、一瞬で距離を詰めて、目の前にいた。






セイを捕らえているオークの腕が、身体から引きはがされる。


周りの者がそれを認識するよりも速く、アリアは地面を蹴って、オークへ急接近する。

普通の人間が見たら、まるで、幽霊が一歩も動かずに瞬間移動するように見えた。

接近しながらも、アリアは拳を後ろに引いて構え、攻撃態勢を取る。


そして、オークの前に立つと、取れた腕も、解放されたセイも、まだ宙に浮いている状態で、間髪入れず、手加減なしの全力フルパワーの拳を、オークの顔面目掛けて打ち込む。


オークは、アリアの拳が、自分の視界の元に向かってくるのが見えた。

その光景は、酷くゆっくりに感じる。

アリアがスローで動いているわけではない、周りの景色、動くもの全てがゆっくりだ、自分も足一つ動かすことも声を上げることもできない、全ての動きがスローに見えているのだ。


オークは、アリアの顔を見た。

そこには、怒りも嘲笑もなかった。



無。



文字通りの、ありとあらゆる感情を失った、貴族の家に飾る陶器人形のように美しく整った無の表情

 興味も感慨もなく、目の前の目標を淡々と殺す。純粋な殺意。



アリアの突き出した拳が、オークの顔の皮膚に当たる。

すぐさま、顔面が風穴と化す、その前のほんの一瞬・・・




オークは、恐怖の表情を浮かべていた。










草藻かオークの皮膚か分からない緑色と、血と内臓と脳しょうと一目で分かる赤色が、一面に広がる中、村から司祭と治療呪術士もやってきて、呪術でセイの身体を治癒した。


アリアは、原形を保ったまま木に突き刺さった歯を回収して、セイの所へ戻った。



「セイ、生きてるよな?」


「・・・っ!・・・助けてくれた礼は言う、だが、お前のことは絶対に認めないからな!」

アリアが近づくと、セイは安堵で泣き出しそうな顔を、キッと引き締めてアリアを睨んだ。


「そんな台詞を吐けるなら、大丈夫だな。 ーーーセイ、お前があたしの事を、なんて思っていようが、あたしにはそんなもん興味ねぇよ」


「え・・・!? な、なにを・・・」


本気で、自分がアリアに抱いている否定的な感情を、興味なさそうに言い放たれたセイは困惑する。


「セイ、あたしたちを陥れようとするヤツが、オークを皆殺しにしたり、あたしたちの大切な弟のあんたを助けたりすると思う?」


「それに、私たち、アリア様が女王になったからと言って、お母さまのことを忘れたりしてないわ、お母さまは、女王としても、私たちの母としても、この世に一人しかいないのだから」


姉二人に諭され、頑なに意地を張っていたセイも、黙り込んでしまった。


アリアが、再び口を開く。


「ハッキリ言っておくが、あたしはお前らを邪神の生贄にしたり、外海に攻め込む兵隊にする気はない。 お前らが、あたしと同じくらい強くなって人として部族として一人立ち出来るようにしているだけだ。 セイがいくらあたしを殺そうとしようが、否定しようが興味ねぇし、餓鬼だから今は見逃してやる。


だが、お前の姉くらいの歳になったとき、まだ味方を攻撃するような文句たれパチンコ男を続けてみろ。   その時は、あたしの手で、お前をぶち殺してやる」


「殺す」の部分で、強い殺意を飛ばしてきたアリアに、セイは竦みながら、心に決意をともした。






それは、『アリアを追放する』ことよりも、もっと強く、もっと大きいモノだった。




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