妊婦さんになったら、戦えないだろ?
島の神聖な儀式を行うため、族長たちは、祭壇の頂上にアリアとリンのみを残して立ち去った。
辺りは、先ほどまで行われていた宴会の喧騒から打って変わり、しん、と静まり返り、微かに夜虫や夜鳥の鳴き声のみが響き渡っている。
雲一つない月夜の明かりに照らされたのは、二人の人影と儀式の祭壇とパチパチと燃える松明のみであった。
祭壇の上の二人、リンは、気恥ずかしそうに身体をもぞもぞ震わせながら、横眼でアリアに熱い視線を送り、一方のアリアは、ただ、考えを巡らせながら、黙って胡坐をかいて座っている。
両者とも、言葉を交わさず、ただそうしていたが、アリアの方から沈黙を破って言葉を発した。
「なあ、その子作りの儀式っての、なんかあたしとお前で、身体動かしたりすればいいのか?」
「あ、いえ。 族長様と司祭様の話によれば、清い女性同士が、子宝の神様に祈りを捧げながら、祭壇の上で眠って一晩過ごすと、翌朝になると、その身体に子を成すことが出来るそうです」
二人のいる祭壇には、藁編みの寝具が、二人分置かれていた。
「ふーん、祈りながら寝れば、それだけで赤ちゃん出来るのか。 楽だなぁ」
そう言うと、二人の間には、またしても沈黙が包まれた。
アリアは、あれこれ言葉を探したが、やはりストレートに言うことにした。
「お前ってさ、島の外から来た知らねぇ女と子供作るのって嫌じゃねぇのかよ?」
その言葉に、リンは、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに落ち着いた顔をして答えた。
「いいえ、私は、これが私の使命であり、私を大切に育ててくれた皆さんへの恩返しだと思っています。
私が物心つく前に、私の産みの母上様ーーー前女王様は、戦いで命を落としたと聞き、私たち女王様の娘が、我らセインの民の希望だと族長様に言われた時、いずれ訪れる新たな女王の妻として一族の繁栄を助勢することが、私の目標であり生甲斐となったのです。
ですから、今こうして、新たな女王様になられた、アリア様の子を成すことが出来て、嬉しさと感激でいっぱいです」
瞳を潤ませながら話す、リンの姿に、アリアは感嘆の様子を見せた。
「へー。 立派じゃん、その歳で強ぇ決意背負ってんだな」
そう言いながらも、リンから視線を逸らすと、眉間に皺を寄せながら、自身の腹部をさするアリアの様子を見て、リンは、おずおずと疑問を呈した。
「その・・・アリア様は、ご自身の御身体に、子を成すことは、その・・・嫌、なのですか?」
「いや、そんなこたあねぇ、と、言いたいが、やっぱ急だってのがあるからなぁ。
そりゃ、あたしだって、いずれはガキ作って、親になるだろうけどよぉ。
でもまだあたし、19だぜ?
まだお母様みたいになるのは早ぇかなって思うんだよなぁ。
それに、妊婦さんになったら気軽に戦えねぇし・・・、
第一、お父様になんて説明すりゃ・・・」
「あ、あの・・・アリア様のお母上様って、どのような方なのですか?」
リンは、なんとなく話題を変えようと、アリアの母親の話題を振った。
「あたしのお母様? そりゃあ、どこにでもいる普通のお母様だよ。
優しくて、料理が上手くて、あたしが兵隊の訓練に参加するのを、お父様と違って止めずに行かせてくれたり。
とても大好きなお母様だった。
でも・・・
・・・・・・・・・ある日、お母様は殺されたんだ」
「魔物に、ですか?」
リンの疑問に、アリアは、一呼吸置いて真実を伝える。
それは、島育ちのリンにとって、信じられないものだった。
「人間に、だよ。 あたしやお前と同じ、人間だ」
「・・・・・・・・・この島のやつはさ、産まれた母親が違っても、みんなで手を取り合って協力して生きているだろ?
あたしの産まれたところはさ、ここよりも、色んなものが発展していて、とても生活しやすいところなんだ。
でもその代わり、家族以外の人の繋がりは、非常に薄くてよ。
自分たちが、上に成り上がるために、他の奴らを、邪魔して、蹴落として、消し去ろうとするのを、普通に仕掛けてくる奴が多いんだ。
あたしのお母様も、そんな連中の手にかかっちまってよ・・・。
お父様庇って、毒矢を喰らってさ。
自分の全身に毒が廻る前に、まだ腹の中にいたあたしの妹を、
ナイフ使って自分の腹掻っ捌いて取り出して・・・
術者が治癒魔法かけて傷は塞がったけど・・・
全身に廻った毒で、お母様は死んじまったんだ・・・
まあ、お母様殺った連中は、その後、あたしの手で『ケジメ』つけさせたけどな」
アリアの口から話された物語に、リンは、ただ、衝撃と悲しみで、涙がポロポロ零れた。
「・・・そんな・・・そんなことが・・・そんな、ことって・・・」
「いや、あたしも喋りすぎた。 お母様のこと聞かれたら、色々思い出しちまって・・・」
アリアは、リンが落ち着くまで、彼女を自身の胸に抱き寄せた。
リンが落ち着いたのを見計らって、アリアは、話を戻した。
「・・・はい、それで、アリア様は、御身体に御子様を成さらないのですか?」
「ああ、だってそうだろ? オークなんかに負けるようなクソ雑魚共放っておいて、自分が妊婦さんになってたら安心できねぇだろ。
あたしが荷重になるのは、この村の奴らが、あたしと同じ位強くなってからじゃないとダメだ」
「はい、承知いたしました。 しかし、族長様たちが、納得してくれるでしょうか?」
「納得するさ。 もしくは、あたしが納得させる。 ブン殴ってでもな」
「そ、それは止めたほうが・・・・・・・・・アリア様、月があそこまで高い位置に・・・儀式を完了するために、私たちもそろそろ眠りについたほうが・・・」
リンの言う通り、祭壇を照らす月は、アリアたちの丁度真上まで移動していた。
「そうだなぁ、んじゃ、寝るか。 ・・・リン、子供が出来るのは、子宝の神さまに祈れば良いんだよな?」
「はい、私も、今回が初めてですので、ちゃんとできるか不安ですが・・・」
「なら、あたしもちゃんと願掛けしねぇとな。
・・・・・・・・・おい、子宝の神さま、聞こえてんなら、子供は、リンの身体にだけやってくれよな。
もし、あたしの身体だけにやったり、リンの中に出来なかったら、お前のところに殴りこんで、半殺しにしてやるからな。
いいな、絶対しくじるなよ。 下手な真似したらぶち殺すからな」
「そこまでしなくても・・・ですが、これもアリア様が、我らを重んじてのことと思えば・・・」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーー 翌日
東の空の地平から、朝日が昇り、島全体を光で包み込む。
日の光の温かさで、目が覚めたリンは、身体を起こし、周囲を見渡す。
その隣には、アリアの姿はなかった。
身体を立ち上がらせると、祭壇の階段を、族長と司祭、護衛の若者が上ってきていた。
「おお、リンよ。 子度はご苦労じゃったな。 ・・・して、アリア様はどこにおられるかの?」
「いえ、解りません・・・。 私が目を覚ました時には、すでに・・・」
リンが困惑して話すと、護衛の若者はしかめっ面をして苦言を吐いた。
「それみたことじゃないか。 あんなどっかから来たか分からないやつを女王にするなんて間違ってたんだよ。
その証拠に、儀式を終える前にどっかに逃げちまってるじゃないか・・・イテッ」
「こりゃ、バカ者! アリア様は、そのようなことはせぬわ!」
不満をいう若者に、族長は杖で頭を叩いた。
「それより、司祭どの。 儀式が成功したかどうか、確認を」
族長に言われ、司祭は手にした杖をリンに向けると、魔力を込めながら、呪文を呟く。
司祭が判定をしている間、リンも族長も、目をギュっと瞑って、儀式の成功を祈っていた。
やがて、司祭は、八ッと驚いたように目を見開くと、同時に魔力送りと呪文も止まった。
皆、司祭の次の行動を、神妙に見守った。
少しの沈黙の後、司祭は、こう告げた・・・。
「族長、リン様、誠に、おめでとう、ございます・・・!」
司祭の言葉に、その場にいた者たちは、大いに喜びを露にした。
族長とリンは、互いに抱き合い、涙を流しながら、喜びを分かち合った。
「族長様! 私、私・・・!」
「よくやったな、リン。 本当に、本当に、頑張った・・・!」
儀式は成功し、リンの妊娠を無事に確認出来た一同であった、が、話題は、その場にいない者の話になった。
「・・・ふむ。 ということは、女王さまは、御身体に子を成しておらんというのじゃな?」
「はい・・・。 アリア様は、この村の者たちの今後を思って、みんなを鍛えるために、当分、子を宿さないと、そう仰っておりました」
「おお、我らのことをそこまで気にかけておられるとは・・・! この老体、感服の至り・・・!」
と、その時!
ズウウウウウウウン・・・! ズウウウウウウウウン・・・!
大きな地響きのような揺れを、祭壇の上にいる者たちは感じた。
「な、なんだぁ!? この揺れは!?」
「おおおおお・・・! この揺れは・・・!」
「族長様! あそこに、何か動いています!」
リンの指さす方には、木々の間から見える『何か』が、揺れながら進んでいる様子だった。
それは、村の方角へ、進んでいるようだった。
一同は、村へ急行し、地響きのする方角へ、警戒を強めた。
そして、茂みの中から出てきたものは・・・。
「おい、これ今日の朝飯にするぞ」
セインの民の民の新たなる女王、アリアの姿だった。
朝一で狩りを行っていた彼女は、身の丈の何倍もの巨体を誇る、マンモスを、片手で運搬してきていた。
その姿、運んできた獲物に、村人たちは、驚愕し、平伏した。
「おおおおお!?!? 何十人がかりでも、捕らえることすら難しい「ジャイアントマンモス」を、たったお一人で・・・!!」
その日は、朝から、子孫の成綬と、何十年ぶりかの巨大な獲物で、夜通し宴になったという。