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73.アネモネとダークエルフ6(過去編)

 現実の世界では一人の敵に対し数十人で挑む戦いとは言うのは、効率的に考えてあまり有効とは言えない。

 どれだけ鍛えたところで、一人の人間が相手にできる数などたかが知れているからだ。

 

 しかし種族という、圧倒的力量差が存在するアポカリプスの世界では、同士討ちの危険性を考慮してでも数で押し切らなければ勝てない相手も存在する。

 その一人が亜人最強と言われる鬼人族の炎王だった。

 

 四方八方から繰り出される刃先を野太刀の一薙ぎで蹂躙し、飛んでくる魔法の炎をほとばしる鬼火でかき消していく。

 

「槍を使え! バラけずに取り囲んで一斉に攻撃しろ!」


「なんじゃあ、纏まってくれるがか? ほんならいっちょ力比べと行くかいのう!」


 しかしウェアウルフたちが飛び掛かる寸前、隊列を組んでいた彼らの首を弾き飛ばしながら飛来する『何か』が炎王を襲う。

 咄嗟に構えた野太刀から金属をはじく鈍い音が響き渡るが、その場に居る者たちの目には何も見えてはいなかった。

 

「これは……、いかん下がれ! 巻き込まれるぞ!」


 そう叫んだ地位の高そうな僧服に身を包んだエルフの身体は、直後にスライスされたように綺麗に両断された。

 そして今度は一歩下がった炎王の袖口が、何かに切り裂かれたようにぱっくりと口を開ける。

 

 二度の危機で炎王は気付いた。これは何者かによる自分への攻撃で、周りの者はその巻き添えになっているだけだと。

 そしてこの場に居る連中の中でそんな器用な技を使えそうな者は――――。

 

 床石にヒビが入るほど豪快に大地を踏み抜き、ウェアウルフの一団を飛び越えた炎王は、その奥に居たダークエルフに向けて、逆刃に持った野太刀を叩きつける。しかしそれはダークエルフ、ダリアに触れる直前に見えない糸で弾かれたように押し戻された。

 

「この感触、知っちゅうぞ。竜種も絡め捕る『十本脚』の巣糸やろう?」


 十本脚とはアポカリプスの中でも最強クラスの蜘蛛型モンスターで、竜種すら捕食対象とする凶悪さから、あらゆる種族から要注意モンスターとして討伐隊が組まれるほどの危険種である。

 

 十本脚の名を聞いて周囲の衛兵やエルフの僧たちも後ずさりするが、今ここにそのモンスターが存在するわけではない。

 切断不可能の糸を自在に操り、周囲を巻き添えにしながら炎王を襲っていたのはダリアだった。

 

「…………」


 答えないままダリアは腕を振る。その延長線上にいた衛兵たちは、またも自分の死を意識する間もなく真っ二つにされ、炎王は野太刀でその糸を防ぐ。

 

「おい、えいがかや? おまんの仲間も全滅やぞ?」


 炎王の言葉にウィンストンは肩をすくめて答える。

 

「君のような脳筋には分からないだろうけど、テイムというのは高度な技術なんですよ。特に精神が複雑な人間に対しては敵味方の区別をするなんて複雑な操作は不可能です。まあ、雑兵が多少死んだところで教会には大した損失にもならないから出来ることですがね」


 その言葉が皮切りになったか、衛兵と僧たちは一目散に出口へと走り、その流れに逆らうように炎王はダリアへと距離を詰める。

 そして駆けながら周囲に纏うように鬼火を揺らめかせ、

 

「ッらあぁ!」


 見えないはずの糸をことごとくはじき返した。

 揺らめく炎を兵たちの代わりにし、その歪みに反応して見切ったのだ。

 

「何をやってるダリア、もっと多角的に攻めなさい。最強のダークエルフが聞いてあきれますよ!」


 攻めあぐねるダリアに苛立つウィンストンの頬を、一筋の血が伝う。

 ダリアの見えない糸によるもの以外に考えられなかった。

 

「チィ、本当に敵味方の区別もつかないとは。ならばその魂までも屈服させてやる」


 ウィンストンが呪文らしき言葉を唱えると、ダリアの攻撃は激しさを増した。

 精神操作の確度が増したであろうダリアは持てる術を駆使し、糸による遠隔攻撃だけに留まらず、接近戦も交えたヒットアンドアウェイに切り替えた。

 これが彼女本来の戦闘スタイルなのだろう。

 

 操られているとは思えない精密かつ大胆な攻めは、彼女の体に染みついているのだろう殺意を体現していた。

 

「いかんのう。こりゃ手加減しちょったら俺が死にそうじゃ。スミスにゃあ悪いが、ちょいと手荒くやらせてもらうぜよ」


 鬼火の如く長い髪を揺らめかせた炎王は、刀を振るうたびにその速度を増していき、じりじりとダリアを後退させていく。

 いかに強かろうと、暗殺や密偵を生業とするダリアと、世界中を巡り、真っ向から強敵と対峙してきた炎王では経験の差が明らかだった。

 

 やがてダリアの背が壁に当たり追い詰められる。ここまで接近すればもう糸による攻撃は無い。

 炎王は野太刀を上段に構え――――

 

「ダメだっ!」


「うおおっ!?」


 殺気の無さ故か、その接近に気付けなかった炎王は横っ腹に体当たりしてきたアネモネに顔を向けた。

 

「なんじゃあ? おまんも操られちょらんかったか?」


「よく見ろ馬鹿者! ウィンストンならすでにいない。劣勢を察して姿を隠したのだろう。おかげで魔法耐性の高い私のテイムは解けたが――――」


「伏せろ!」


 アネモネを抑えつけしゃがんだ二人の頭上を、見えない糸が切り裂いていた。

 

「あっちはまだ操られちょるようじゃのう。お嬢ちゃんは下がっちょれ!」


「やめろ! ダリアは操られているだけだ! テイムの術さえ解ければ――――」


「分かっちゅう。ならば斬ってしまえばえいがやろ」


 アネモネの制止も聞かず、上段に構えられた野太刀はダリアを一刀のもとに切り伏せた。かに見えた。

 その刃はダリアの身体には届かず、むなしく空を切るが、精巧な殺陣のように無傷のはずのダリアは膝を折った。

 

「こん娘と操者を繋ぐ魔力だけを断ち切った。どうやぁ?」


 決め顔で振り向いた炎王を無視し、アネモネが倒れたダリアに駆け寄ると、意識はあるようで呻きながら顔を上げる。


「っつ……。不覚を取ったか。そこの鬼人族の男、世話をかけたわね」


「おお、気にせんでえいぞ! おんしらが逃がしてくれた奴らの中に俺の娘もおったきにな。おあいこじゃ!」


「ダリア、急いでここから逃げるぞ! もはや教皇の座などどうでもいい。このまま教会に残れば間違いなく処刑されるぞ」


 ダリアはそう言って手を引くアネモネを、炎王の方へと突き飛ばした。

 

「鬼人族の男、あなたはスミスの仲間なのでしょう? 悪いけどその子を彼の下まで送り届けてもらえるかしら」


 冷たく突き放され、驚きの表情を浮かべながらアネモネはダリアに食い下がった。

 

「何を馬鹿なことを言っている! ここに残っても死ぬだけだと――――」


「これだから温室育ちの小娘は。失うものが無い者は気楽でいいわね」


 その言葉でアネモネも彼女が何のために戦っていたかに気付いてしまった。

 ダリアはダークエルフの長で、仲間のために教皇に牙を剝いた。彼女が逃げ出せばその責は彼女の仲間たちが背負うことになるだろう。

 

「ならば皆で逃げればいい! ダークエルフ全員が相手となれば協会も迂闊には手を出せないはずだ!」


「それでどこへ逃げると言うのかしら? ダークエルフは教会の暗部よ。そんな者たちを大量に受け入れてくれるほどのお人好しも、豊かな村も存在しない」


「………………」


 アネモネはそれ以上何を言えばいいのか分からなかった。

 本音を言えば、仲間など放っておいて一緒に逃げろと言いたかったが、それはダリアにとって最も許されない言葉だと、長い付き合いのアネモネには十分に理解できてしまった。

 

 ならば自分も一緒に残る。そう言いたいのに上手く言葉が紡げない。

 つい先刻感じた教皇の迫力が恐怖となって纏わりついて、身体は震えが止まらないのに、喉は一向に空気を震わさない。

 

 何も言えないでいるアネモネを尻目に、ダリアは黙って来た道を引き返そうとする。

 

「……俺ぁ一族を捨てた身じゃあ。やきになんも言えんが、それでも自分の命より大切なもんがあるんは分かる。最後になんか俺に出来ることはあるか?」


「ならその哀れなお姫様をスミスの下まで連れて行って頂戴。それとアネモネ様……」


 アネモネに語り掛けるその口調は、厳しくも優しいメイドのそれに戻っていた。

 

「いつの日かあなたが教皇の座に着くことを、あの世から楽しみに見届けさせていただきますわ」


 その言葉は絶対的な強制力をもってアネモネを縛り付けた。

 ダリアとの日々を思えば、その思いを裏切ることなど彼女には出来なかった。

 意地の悪いダリアの事だ。きっとそれも織り込み済みでの言葉だったのだろう。

 

 アネモネが何かを言う前に、炎王は彼女を肩に担ぎ上げる。

 そして何も言わずに一目散に出口へと走る。

 

 出口とは逆向きに抱えられたアネモネの目には、余裕そうに微笑み立ち去っていくダリアの姿がいつまでも目に焼きついていた。

 

「頼む……、ダリアを、……助けてくれ」


 アネモネは生まれて初めて、命令ではなく懇願するように呟く。

 親から引き離される子供のように、か細い声で、泣きそうな顔で。

 しかし炎王の足はアネモネを運びながら止まることは無かった。

 

「あれは責任を背負った者の眼じゃ。自分の命より大事なもんを持っちゅうもんを止めることは出来ん」


 炎がくすぶる城門が小さくなっていくのをただ見つめながら、アネモネはただ己の至らなさを痛感するしかなかった。

 自分の立場を、何よりダリアが死ぬはずが無いと過信していた。

 

「悔しいなら強うなれ。悔しいが教会の力は本物じゃ。じゃからこそ、お前さんがあいつの目的を継ぐんじゃ」


 炎王の肩で揺れながら拳を握りしめたアネモネは、この時自らの意志で、教皇を打ち倒す意思を決めたのだ。



 

◆◆◆



 プライマリィに捉えられた老ダークエルフとアネモネの会話、その翌日。

 ダークエルフは会議室に案内され、アネモネの前で膝を折っていた。

 

「何故とつぜん協力する気になった?」


 アネモネの問いにダークエルフは淀みなく答える。

 

「我らが長、ダリアの最後の言葉だ。『アネモネ様はいつか必ず立ち上がるだろう』と」


「…………そうか。だがどうやって私の正体に気付いた?」


 そこでダークエルフは僅かに逡巡する。しかしすぐに嘘は余計な疑念を生むと考えたのか、昨夜の来訪者について素直に答えることにした。

 

「ワシは一度だけ教皇が使徒からの啓示を受ける場に居合わせたことがある。あの声は……間違いなく神の使徒の声だった。それはつまり使徒様が今の教皇を見限ったという事だと、ワシは判断した」


 使徒と聞いてアネモネの頭にはラブレスとネムが思い浮かんだが、あの二人でないことはよく知っている。

 彼らは今、炎王の意思を次いでインペリアルとの会談に臨んでいるはずだ。

 少し考えたが、アネモネにはそれ以外の使徒に心当たりは無かった。

 

 しかしこの老人の言葉に嘘はないだろう。

 教会に恨みがあるとはいえ、ダークエルフたちも創造神への信仰心は持っている。

 そんな彼が神の使徒の名を使って嘘を言うとは思えなかったからだ。

 

「ダリアの最後は……いやいい。それは教皇の口から直接聞き出してやるとしよう。ところで貴様の名前は?」


「オニキスと言う。アネモネ様。我が孫の、ダリアの願いを貴方に託す。ワシの力、情報、命。ご随意に使われるがよろしい」


 キングダムは、教会に対し大きな切り札を手に入れることになった。


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