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72.アネモネとダークエルフ5(過去編)

 教皇の間を抜け出した後、二人の逃亡を邪魔する者は特に現れなかった。

 ふと扉から階下を覗いてみると、地上では何やら戦闘が繰り広げられているようで、兵たちはそちらにかかりきりらしい。

 

「さっきの揺れは奴らのせいか? ダリア、あれも貴様の計画の内なのか?」


 満身創痍のダリアに肩を貸しながらも全力で階下を目指す。

 教皇が追ってくる気配は無いが、建物内に残っている者に見つかっては面倒なことになるからだ。

 

「予定では脱出できた者たちを保護してもらうだけの予定だったんですけどね……。スミスがこんな無茶をするとは思えない。もしかしたら別の誰かの仕業かもしれません」


 ダリアは逃げながらも現状の把握と、今後の方針について考えていた。

 教皇暗殺に失敗した以上、アネモネをこのままここに置いておくのは危険だ。

 別行動している部下たちが教皇派の人間を処理できていれば誤魔化しも効いただろうが、教皇本人に殺意を見せてしまった以上、なんとかして彼女をここから連れ出す以外助かる道は無い。

 

 教会の外まで辿り着ければ、協力者であるレジスタンスに預けて逃げられるはずだ。

 もっとも、教会内に僅かながらに存在する、教皇に不信感を持つラヴレス派すら味方につけられない状況で、この先彼女が目的を果たせる可能性は限りなくゼロになるが。

 

 遺言のつもりで言いつけた言葉すら守れないアネモネと、教皇を殺せなかった自分の無力さに懊悩(おうのう)するうちに、気付けば無事追手に追われることも無く、二人は一階フロアに辿り着いていた。

 

 教会聖堂の周囲は、数十メートルの中庭を挟んで塀で囲まれている。

 今その中庭の一角では正体不明の侵入者と衛兵たちの戦闘が行われているはずだ。

 ここは反対側の裏口を使って脱出するべきか――――?

 レジスタンスとの合流地点とは逆側になるが、外にさえ出てしまえばこっちのものだ。

 

 そう思い立ち裏口へ回ろうとしたとき、上階から降ってくるように現れた二つの人影が目の前に現れた。

 ダリアは咄嗟に腰のダークを構えるが、それがこの計画に協力してくれた部下たちだと理解し、安堵する。


「お前たちも無事だったか。何人殺れた? 二十人も始末できていれば当分は教皇も好きには動けないでしょうけど――――」


 二人の部下を労うように歩み寄るダリアを、突然アネモネが後ろから押し倒した。

 次の瞬間、ダリアの頭部があった場所を二本の投擲用ナイフが通り過ぎていく。

 

「…………何のつもりかしらお前たち? まさか今更死ぬのが怖くなって寝返ったの?」


 すぐに倒れた体勢から立ち直り、それだけで射殺せそうなほど強烈な視線を返す。

 

「テイムだダリア! 僅かに魔力の糸が伸びている。その二人は操られているんだ!」


 その言葉に応えるように、二人の刺客の後ろの暗闇から三人目の男が姿を現した。

 

「もう気付かれてしまいましたか。出来損ないとは言っても、ダークエルフと違って魔力を検知できる程度の能力はあったようですね」


「ウィンストン神父――――!」


 それは教会の教えに反する異端者の処罰を仕事とする審問官だった。

 尋問や反抗的な異端者を独りで制圧するために、魔法ではなく他の生物を操作し使役する【テイム】という能力に特化した、教会でも特異な存在だ。

 

「最初に私を狙ったのは運が悪かったですね。仕事がら恨みを買いやすいものでして、暗殺には特に警戒しているんですよ。ほら、人を呪わば穴二つと言うでしょう? もっとも、抵抗すればその穴がさらに増えることになりそうですけどね」


 テイムされたダークエルフたちはまだ生きている。

 ウィンストンの言葉は、抵抗すればこの二人の命は無いという脅しの意味であった。


「ダークエルフは仕事に就くとき、常に死を覚悟して行っている。そう教育したのはお前たち教会でしょう?」


 人質など無意味だと言うように、ダークを構えるダリアの背後で扉の開く音が響く。

 そしてそう答えるのを予期していたかのように、扉からは十数匹のモンスターが入り込み、あっという間にダリアとアネモネを取り囲み、獰猛な唸り声をあげ、牙を鳴らし始めた。

 

 中庭にはモンスターの飼育舎が用意されている。本来は訓練用や移動用に手懐けたものだが、それらもテイムの術中に組み込んでいたのだろう。

 

 ダリアの戦闘術は本来暗殺や少数戦闘用に特化したものである。

 これほどの数のモンスターに加え、同じ戦闘特化のダークエルフ二人を相手にするのは流石に無謀と言えた。

 その戦力差は、半人前のアネモネが加わったところで覆せるようなものではない。

 

「モンスターは私が相手をする。その隙にダリアはウィンストンを――――」


 アネモネが無謀な提案を言い終わる前に、外へと続く扉から突然青白い炎が津波のように押し入ってきたかと思うと、それは意思を持っているかのように的確に周囲のモンスターに襲い掛かり、その全てを一瞬にして消し炭にしていった。

 

「ちょおーっとお邪魔するきに。ここにダリアゆう女子《おなご》はおるかやー?」


 炎に続いて扉をくぐって来た和装の男は、暖簾をくぐる客のような気軽な声でそう叫んでいた。

 その額には雄々しい立派な二本の角が生えており、業物と思える三尺野太刀を手にしている。

 

 その男が中庭で衛兵と戦闘を繰り広げていた張本人であろうことは容易に想像できたが、刀の刃に一滴の血もついていないのはどういうことか?

 その意味するところを理解したとき、その場の誰もが目をむいた。

 

 つまりこの男、数十人はいたであろう衛兵たちを相手に一度も切り殺すことなく、それらを無力化してこの場に立っているのである。

 

「な、何者だ貴様? 名を名乗れ!」


「ん、俺か? 俺は炎王いうもんじゃが、お前さんがダリアかや? スミスに聞いちょったがより随分若いのう」


 スミスの名を聞いたダリアは剣を構えたアネモネを制し、炎王へと向き直った。

 その間ウィンストンへの警戒も当然怠っていない。

 

「スミスの仲間か。頼んだのは解放した子供たちの保護だけだったはずだけど?」


「なあに、その助けてもらった子供の中に俺の身内もおってのう。礼を言うついでに、首謀者にはお礼参りでもしてやろうか思うて、こうして乗り込んできたゆう訳やがよ!」


 そう言うと同時に身体を半回転させた炎王は、その勢いで野太刀を逆手に持ち替え振り抜いた。

 意味なく空を切ったかに見えたその一閃は、骨を折るような嫌な音と共に姿を現したダークエルフを壁まで吹き飛ばした。

 

 隠蔽行動(ハイディング)を見事に見破った一撃は峰打ちだったようで、強く身体を打ったダークエルフは気を失ったように動かなくなったが、出血するような切り傷は見当たらなかった。

 

「テイムか……。連れ去られた子供らは抵抗もせず自分から付いてったらしいけんど、おんしがそん首謀者で間違いないがかや?」


 炎王が剣先で示した先にはウィンストンが立っている。

 その声と眼には、明らかに分かる怒りを揺らめかせていた。

 

「鬼人族ですか。亜人最強の戦士を相手にするには私一人では少々荷が重いですね。教皇猊下が背教者にとどめを刺さなかったのは僥倖でしたね。これも神の思し召しですか……?」


 ウィンストンが指を鳴らすと、それを守るように立っていたもう一人のダークエルフは糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 そしてそれと入れ替わる様に――――

 

「まずい! 逃げろダリア――――」


 ダリアと、それに駆け寄ろうとしたアネモネが、今度は糸に吊られた人形のようにすっくと立ち上がる。

 それはつまり、テイムの操作対象が変わったという事。

 

「おんし、クズじゃのう……」


「この二人は背教者です。生きている価値も無い。……ですが貴方にとってはどうですかね? 生贄の子供たちを逃がしたのはこの二人です。貴方にとっては恩人だと思いますが、その立派な刀で殺して見せますか?」


 ウィンストンの言葉に反応するように、ダリアとアネモネは手にした武器を構える。

 そしてようやく騒ぎを聞きつけたのか、階上からは複数の足音と共に衛兵であるウェアウルフとそれを率いるエルフの魔導士達が何人も現れる。

 

 炎王を取り囲むように隊列組み、出口を塞がれた炎王はそれでも狼狽えることなく、静かに周囲に告げる。

 

「さすがに外の連中とは練度が違うみたいじゃなあ。悪いが手加減は出来ん。そこのお嬢ちゃんら以外は、かかってくるなら命を捨てる覚悟はしちょけや?」


 それが合図のように、炎王を取り囲む殺意は一斉にその中央に向かって襲い掛かった。


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