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66.更紗とメイドさん2

 王国(キングダム)の首都《ノアの街》は、深い森を背景に半円の放射状に広がっており、さながらパリの街を二分割したような造りになっていた。

 基点に近い部分ほどインフラが進んでおり、二階建て建築や石畳も舗装されているが、開発の進んでいない外縁部分には各村から行商に来た露店が軒を連ねていた。

 

「はい、赤芋十袋だね。いつもありがとうな更紗ちゃん。それと……これはおまけだよ。道中見つけたチゴの実だ。甘くておいしいよ」


「いつもありがとうございます。ではこちらがお代になります」


 そう言って更紗が行商人に手渡したのは、変わった形の金属片二枚だった。

 

「うーん、相変わらずまだ慣れねえな。なんでこの街の人らはこんなちっこい板切れを欲しがるのかねえ? いや、文句はねえんだよ。こいつを出せば酒でも肉でもなんでも手に入るしなあ」


 五角形に模られた金属を不思議そうに眺める行商人に、更紗はこれまで何度も繰り返してきたセリフをなぞる。

 

「これは貨幣というものです。たとえば行商人さんが芋を持っていて水が欲しいと思った時、交渉相手が芋は余っているからいらないと言われたら困るでしょう? ですが芋が不足しているときにそれを貨幣に替えておけば、いつでも相手から水を買うことが出来るのです」


 この世界には貨幣制度というものが無かった。

 少なくとも亜人種の社会では教会が寄付の名目で搾取し、各村の功績によって再分配するという形で成り立っていた。

 近隣の村との交易程度はあるのだろうが、あくまでも物々交換の範囲でしかない。

 

 ネームレスが王国(キングダム)を建国する際にまず初めに取り入れたのが、この貨幣制度だった。

 価値基準の違う多種族に共通の価値観を与え、それによって統制、管理の煩雑さを一本化しようと考えたのである。

 

 これによって王国(キングダム)は時期を問わず一定の需要と供給を提供し、安定した生活を提供できるという“売り文句”を手にした。

 もちろん貨幣が通用するのは王国に認可された国民のみに限られる。

 その恩恵は瞬く間に文京区に知れ渡り、村単位で参入を希望する者は順調に増え続けていた。

 

「それにしてもこれをお考えになられた方は天才ですわね。いえ、制度自体は(わたくし)も異界人の街で見たことがありますが、それを利便性だけでなく、産業そのものとして利用する発想は、凡人の私では考えもつきませんでしたわ」


 指でつまんだ雫型の貨幣を眺めながら、プライマリィは感心している。

 ちなみに角が一つで一円。二つで二円。最大五角形で五円まであり、金製と銀製で合計十種の通貨が流通している。

 文字を読めないものにも一目で価値が解る様にとの配慮だった。

 

「ネームレスさまは神の国から来られた使徒さまです。なんでもその世界ではこれらの知識は誰もが認識されているそうです」


「神の国……とは。また随分と傲慢なことですわね。(わたくし)は各地を回ってきましたが、ネームレスと言う名の使徒は聞いたことがございません。更紗様はその方が本当に信じられるとお考えなのですか?」


「………………どうでもいいじゃないですか、そんなこと。あの方のおかげで、救われた者たちが多くいる。大事なのはその事実です」


 更紗は髪に刺したかんざしにそっと手を添えて、少し低い声で呟く。

 

「むぅ……、いま更紗様は少し怒ってらっしゃいますね。はっ! まさかそう言うことなのですか!? (わたくし)思わず嫉妬してしまいますわ、shitですわ!」


「…………」


 プライマリィが何を言わんとしているのかを理解して、更紗は黙って俯いてしまう。

 その反応を見たプライマリィは愕然と膝を付き、祈るように手を組み天を仰ぐ。

 

「ああ、なんと言うことでしょう! こんないたいけな少女を誑かすなんてどんな不埒な男なのでしょうか。ですが恋に恥じらう更紗様のなんと可憐なこと……! (わたくし)はこの恋を応援すべきか否か、何としても見極めなくてはいけませんわ。ぜひその殿方にお会いさせてくださいませ!」


 がっしと肩を掴まれゆすぶられる更紗は、相変わらず無表情だが少し困惑したように答える。

 

「いえ、あの、更紗とネムさまは決してそのような関係では……、それにネムさまにはラヴレスさまという方がおられますし」


 二人が女子中学生のようなやり取りをしていると、不意に無粋なしゃがれた声が割り込んできた。

 

「お嬢ちゃん、いま……ラヴレス様と、言ったのかね?」

 

 振り返るとそこには、地面に敷いた布に薬草を広げている露天商が座っていた。

 長い白髪と人の良さそうな温和な皺が刻まれた顔が、更紗に向けて訊ねていた。

 

「…………それが、どうかなさいましたか?」


「ああ、すまない。ワシは最近ここで商売を許されたものなんじゃが、実はワシの村がのっぴきならない事態になっておりましてのう。お嬢ちゃんがラヴレス様のお知り合いなら、ぜひお引き合わせいただいて、ラヴレス様にご加護を賜れないかと思いまして」


「……さぞお困りなのですね。……ところで、貴方さまがお売りになっているのは薬草ですね? 失礼ながら随分とお高いようですが、もしかして金銭的な問題でしょうか?」


 行商人はちらりと自身の商品に付けられた値札を見る。

 線が十本並んでいる。これは単純に十円ということだ。

 並んでいるのは確かに高品質なものではあるが、芋が一袋一円と比較すると、それなりに強気の価格設定と感じる。

 

「おやおや。確かに安くはございませんが、見たところ他に薬草を売っているお店はなさそうですし、独占状態であるならば暴利というほどでもないのでは?」


 プライマリィの言う通り、普通は買わないが、他に無ければ買ってもいい――――そんな塩梅でこの露天商も値を付けたのであろう。

 しかしその思考こそ、この露天商が王国(キングダム)の内情に詳しくない者の証左でもあった。

 

王国(キングダム)にはポーションと呼ばれる奇跡の薬が売られています。質によって効果や価格はまちまちですが、一般に普及しているものでも薬草の数十倍の効果はあるんですよ。もし貴方さまが王国の認可を得て商いをしているのでしたら、申請の際に市場に流す前に国が買い取ることを提案されているはずですが?」


「おやおや、それではこちらのご老人は無許可で商売していることになってしまいますわね」


 自らの不法行為を指摘された露天商は、慌てて頭を下げ、涙を流す。

 

「も、申し訳ございませんでした! 実は私の村は薬草の栽培を生業としているのですが、今期は不作でして、教会からの施しだけでは食べて行けず、そんな時にこの街の噂を聞きつけ参った次第でございます」


 ならばきちんと申請して商いすれば?――――とプライマリィは考えたが、王国で商売をするには王国の民になるしかない。

 それはイコール敵対する教会に叛意を示すことになり、どっちつかずの蝙蝠のような立場を見せる者も少なくない。

 

「ですがこのまま教会に従っていても我らは飢えて死ぬのを待つのみ。もし許していただけるのでしたら私共の村もラヴレス様に忠誠を誓いたく存じます。そのためにも何卒、この国を治めるラヴレス様に一度お目通り願えませんでしょうか……」


 しかし、慈悲を乞うように頭を下げる老人を目の当たりにしても、更紗の目は一片の同情を見せる気配もない。

 

「あなたは勘違いをしています。いったいいつ誰が、ラヴレスさまがこの国の中心だと言ったんですか? 王国(キングダム)が内々に勧誘をかけるときには必ずこう言います。『王国とは、誰もが幸福に生きられる世界の為、神が遣わされた救世の使徒“ネームレス”様のもとに集う者たちである』と」


 そこまで聞いて、露天商は嗚咽を止め、ぴたりと動かなくなる。

 

「おそらく更紗がラヴレスさまの名前を出したので反応したのでしょうけど、王国(キングダム)をラヴレス派の組織だと考えるのは、敵対している教会の人間だけでしょうね」


 突如、露天商は商品を陳列していた布ごとひっくり返す。

 そして視界を塞がれた二人を、布ごと横一線に切り裂いた――――はずだった。

 

 裂かれた布の先に二人はおらず、ローブに隠し持っていたククリを構えたまま老人は周囲を見回す。

 

「下ですわよ」


 咄嗟に更紗の頭を抑えつけ、地面に這いつくばったプライマリィは、起き上がりざまにククリを握る老人の腕を掻き切った。

 獣の爪のように老人の手首の腱を切り裂いたプライマリィの指には、つい先ほど興味深げに弄っていた一円硬貨がギターのピックのように指に挟まれていた。

 

(わたくし)、一般的な硬貨が何故丸いのか初めて理解しましたわ。こんな角が付いていたら私のような女には凶器にしか映りませんものね」


 不利を悟った老人は即座に振り返り、脱兎のごとく森の方角へと逃亡を図る。

 プライマリィは特に追いかけようとはせず、状況に不釣り合いなほど自然に、更紗にこんな風に訪ねた。

 

「ところで更紗様。お給金の前借りは可能でございましょうか?」


「いくら必要ですか?」


「そうですわね……、では殺傷力と回転を考えて三円硬貨を三枚ほどいただけますか」


「殺さないでくださいね」


 そうして更紗から受け取った硬貨を、器用に逃げる老人へと投擲した。

 三角形硬貨は手裏剣のように回転し、見事その足に吸い込まれるように突き刺さり、老人はその場に倒れうずくまった。

 

 

 

 

 

 ほどなくして周囲に居た住人たちの通報を受けてやって来た警備のワーウルフたちによって、老人は連行されていった。

 そして一緒にやって来たアネモネが、更紗を見るなり慌てて駆け寄ってきた。

 

「更紗殿、怪我はないか!? 全く無茶をして……。ネムが帰ってきたらきっちり叱ってもらうからな」


「すみません、アネモネさま。プライマリィさまが居たとは言え、少し無茶が過ぎました」


 そう言われてアネモネはプライマリィへと視線を移す。

 

「貴様が更紗殿が連れてきたというメイドか。腕が立つと聞いていたが、まさか武器も無しにダークエルフを捕らえるとはな」


「お初にお目にかかります、プライマリィと申しますわ。以後お見知りおきを。“騎士団長”様」


 スカートの裾を摘まみ優雅にお辞儀をするプライマリィに対し、如何にも胡散臭げな視線を向けるアネモネだが、それを言葉にすることは無かった。

 

「ところでアネモネさま。ダークエルフとは何なのですか?」


「魔法を使えないエルフを教会ではそう呼んでいる。神の加護を給われなかった忌むべき存在として、潜入や暗殺などを行う教会の裏仕事専門の連中だ。……耳が切り落とされていただろう? あれがダークエルフとしての烙印を押された者への証だ」


「と、言う事は…………」


「ああ、本格的に教会が我々を敵として認識し始めたという事だ。すでに内部に入り込んでいる者もいるかもしれん。一度徹底的に洗い出した方がよさそうだな」



 この日を境に、教会と王国の戦いは静かに幕を開ける。

 ネムからの連絡はまだ無い。そのことが、更紗の胸にかすかな不安を残しながら――――。


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